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『ホッケ戦争』とは、由佳と俺の間の隠語である。
開いたホッケの片面には背骨があり、もう片面には背骨がない。背骨がある方の半身は、骨を剥がすとその裏にふわふわの身が待っている。かたや背骨のない半身は、表面が固く、香ばしく焼けている。
そして俺たちはともに「ふわふわ派」だった。
だから一枚のホッケをシェアすると、その片面を取り合う戦いが勃発する。
この戦争はふたりのお約束で、笑いを堪えつつ、無言で箸を競わせるのだ。
けれど――。
「いや、今日は俺が呼んだから戦いは辞退するよ。遠慮なく好みの陣地を占拠してくれ」
「まじかよ突然の平和主義。ジョン・レノンもびっくりだわ。じゃあ遠慮なく」
彼女はホッケの背骨を剥がし、割り箸を滑り込ませて身をごっそりと奪いとった。
「熱いうちに食べなくちゃね。――で、この前の話の続き、熱い展開になったの?」
長年の付き合いだけあって、あうんの呼吸で俺の言いたいことを察してくれる。
そう、今日由佳を呼んだのは、大学の後輩に告白した結果を報告するためだった。
「コホン。じつは告白したら――美咲ちゃん、即オーケーしてくれたよ!」
「マジ!?」
「うん、マジ」
俺の吉報を聞いた由佳は目を丸くして肩を跳ねさせ、驚きをあらわにした。
由佳は「啓介にとっちゃチャンスなんだから頑張りなよ!」と言って背中を押してくれたひとだ。相談した以上、成功でも失敗でも結果を伝えると約束していた。由佳がいたからこそ、事が進展したともいえた。
「じゃあ今日はおめでとう会ってとこだね!」
「まあ、そういうことになるのかな」
俺は照れながらビールジョッキを目の前に掲げる。セピア色の向こうに由佳の顔が映り込んだ。由佳は高らかに祝福の声をあげる。
「それじゃ、啓介の未来にカンパーイ!」
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