17話.宣戦布告

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17話.宣戦布告

「思ったよりも早かったね。もっと時間かかるかと思ってたんだけど」  数日後。  怜也が、運営人に移行してきてから、早三ヶ月。  大量のモニターと配線が張り巡らされ、ゲームのプレイヤーたちの生死を管理する、運営人たちの仕事場である薄暗い管理室では。 「それで。……俺たちにいったい何の用?」 「……」  ─怜也の声がけにより、成世と雲十を含む、現存七名の運営人たちが全員、集められていた。 「……、」  成世の威圧的な問いかけに臆したのか、怜也は一瞬ぐ、と喉を鳴らしたものの、すぐに思い直したように成世の方に顔を向け、彼をまっすぐ見据える。  管理室には成世と雲十の他に、運営人の4番と5番である蘇小鈴と虞淵。  そして当然、彼らの統括者である真堂の姿もあったが。  しかし、これから怜也が話すであろう内容についてはなんとなく察しがついていたものの、それとは別に、なぜ自分たちがこの場に呼ばれたのかわからない彼らは、内心揃って首を傾げる。 「……」  怜也は、そんな成世たちをしばらく黙って見つめていたが。  しかし、やがて決心がついたのか、彼は一度ぐるりと全体を見渡すと、覚悟を決めた様子で、意を決して口を開いた。   「俺は…… ─俺は、この組織をぶち壊します」  怜也の重く、しかしそれ以上に清々しい宣戦布告が、管理室に静かに響き渡る。  怜也の言葉に反応する運営人は、誰一人としていなかった。  ただ、黙って彼の言動を凝視しているだけだ。  だがその一方で、怜也の強固な決意のこもった瞳を真正面から見つめていた成世は、心の底で密かに思う。  ……あぁ、ようやく彼のが始まったのだ、と。  ふ、と小さく笑みを漏らしながら、成世は彼に問いかける。 「へぇ、ようやく算段ついたんだ?……怜也くんの、復讐実行計画」 「……」 「で、いったいどうするつもり?」  薄い笑みを貼り付けながら、どこか他人事のように成世は怜也に尋ねる。  組織をぶち壊す─遠回しに言えば、自分たち運営人に危害を加えると宣言されたようなものなのに。  まるで、危機感を感じていない。  むしろ肯定的に振る舞う反面、そんなことできるはずがないと、そう心のどこかで嘲笑しているようにすら見えた。  だが成世は何を思ったのか、一度小さく首を振ると、……いや、それよりも、と。  怜也の隣に立つ人物に目を向ける。 「……なんで君がそっち側にいるのかな」 「……」 「真白ちゃん」  思わずぞっとしてしまう、それでいて成世の冷めきった視線が、怜也の隣に佇む少女─真白に向けられる。 「……」  成世に冷ややかな目線を向けられるも、当の真白の表情はびくともしない。  ……実際、今日この場に成世たちを集めたのは、怜也ではなく真白だった。  怜也が呼んでいる、話がある、と。  そう言って、早朝に運営人全員の部屋を回り、管理室に来るよう伝えたのは、紛れもなく彼女自身だった。  確かに、今朝部屋に来たのが真白ではなく怜也だったなら、たぶん今成世はここには来ていない。  間違いなく無視をしていたはずだ。  だが、そうやって怜也に協力し、今も彼に味方するように自分と向き合って立っている彼女を、成世はどこか苛立ったように見つめる。  しかし。 「─出資者と、対立するんです」  しん、と。  緊迫感に満ちた一触即発な、それで、今にも張り裂けそうな空気の中。  突如横から割り入ってきた、そのあまりに清廉な声音に、言葉に、意味に。  成世は、思わず。  ……思わず、耳を疑った。 「…………は……?」 「……」 「……………………今、なんて……?」  成世の紅く、それでいて恐ろしいほど大きく見開かれた目が、ゆっくりと怜也の方へと向けられる。  先程までの冷笑はどこへやら、彼の表情からは感情という感情が跡形もなく抜け落ち、喉から絞り出した声は酷く掠れていた。  だがしかし、怜也はそんな彼を大して気にした様子もなく、ただ一瞥すると、彼に向けてはっきりと答える。 「出資者と対立して、抹消する……俺がゲームを終わらせてこの組織を内側から崩壊させるには、もうそれしか方法はありません」 「……」 「組織の現会長を含む上層部への襲撃、ゲーム会場や研究施設の破壊、システムの消去……色々と考えましたが、俺たちは常に監視されている上、持てる武器もない以上、武力行使はまずできない。仮に施設を逃げ出して外の力を借りれたとしても、ここには出資者を含む社会的な要人が多く集まっている。例え上手くいったとしても、きっと簡単に揉み消されてしまうでしょう」 「…………」 「……正直、運営人の抹消も……皆さんと対立することも考えました。ゲームを運営する人間がいなくなれば、組織はゲームの開催を断念するんじゃないかって。……でも、きっと違う。運営人(俺たち)の代わりはいる。しかも無限に。一般研究員でも、それこそ俺みたいに、プレイヤーからいくらでも引き上げてくればいい。ゲームを運営する人間がいなくなったところで、この地獄みたいな連鎖は終わらない」 「………………」 「だけど、出資者は違う。いくらこの組織が巨大でも、彼らレベルの要人をそう安々と集めることはできない。……何より、ゲームを成り立たせてるのは、実質彼らの資金です。その大元を絶てば、確実にゲームは終わる」  怜也はそこまで言うと、一旦言葉を区切り、ぐるりと全体を見渡した。  成世たちを見る彼の目に宿るのは、数ヶ月経った今でも変わらない、ここ(運営側)に来る前と同じ、揺るぎない決意と確固たる確信。  まさに、正義をまとう主人公の姿をしていた。  とっくのとうに自分は捨て去った、その忌々しいほど実直な瞳で成世たちを真正面から見つめながら、怜也は最後に力強い声ではっきりと言いきる。 「俺は、出資者と対立して……この負の連鎖を、終わらせるんです」
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