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─不破衣織。
財閥家の当主や資産家など、世間の要人で構成されている出資者の中で唯一現役大学生としての顔を持ち、第二席を維持する異端児。
出資者は社会的な重要人物が大半を占めることから、運営人たちとは違い、組織で唯一外出を許可されているが、四年前、同じ出資者である雲竜に連れられてここに来た時、彼はまだ十七歳の高校生だった。
にもかかわらず、彼はそこで異常なほどに優れた観察眼と読心術、そして頭脳を発揮し、経験も財力もある上層階級の者を次々と下していき、半年もたたないうちに出資者の次席に着いたという異例の過去を持つ。
出資者や運営人はもちろん、組織にはもともと優秀な遺伝子を持つαが多く存在しているが、衣織は別格。
まさに、組織にとっては降って湧いて出てきた化け物のような存在だった。
施設の三階に位置する賭場の室内はシンプルながらも、案外しっかりと電灯がついていて明るい。
部屋の中央には円形に置かれた、顔を見合わすように並べられた机と椅子が置いてあり、そこには既に二人の人物が腰を下ろしていた。
「雲竜様」
そのうちの一人、スーツを着た、きりりとした赤髪の女性は立ち上がると、衣織のあとについて来た雲竜に近寄る。
かつかつと固くヒールを踏み鳴らす彼女は雲竜の傍に立ち、はきはきとした口調で言葉を発した。
「困ります、雲竜様。勝手に出歩かれては」
「あぁごめんねえ、朱音。あまりにも衣織が面白そうなことやるもんだから、ついついていきたくなっちゃって」
「ですが、それでは私がここにいる意味が、」
「まあまあ朱音ちゃん、雲竜もこう言ってることだしさ。許してあげてよ」
その時。
二人の会話に衣織が割って入り、彼らの会話は中断した。
仲裁とも邪魔ともいえる彼の登場に、赤髪の女は嫌悪感を表すように一瞬だけぐ、と顔を歪める。
雲竜への忠誠心ゆえ、できるだけ平静を装った態度ではいるが、その表情は明らかに「……またお前か」という嫌疑と呆れに満ちていた。
「……衣織様。勝手に雲竜様を連れ回さないでくださいと、何度も言っているはずですが」
「もうそんなカリカリしないでよー……せっかく可愛い顔してるのに」
「私は蓮水家の護衛を担う椿家の人間です。もしこの場で雲竜様に何かあったら、」
「えーうっそだあ。君、雲竜のためなら身内だって簡単に切り捨てちゃうくせに。朱音ちゃんが守りたいのは蓮水家じゃなくて雲竜だけでしょ?」
「……ッ」
衣織の挑発を無視できなかったのか、朱音と呼ばれた彼女の中で、ぶち、と堪忍袋の緒が切れる音がする。
彼女―椿朱音は、代々名家である蓮水家に従属する一家の長女であり、幼少から雲竜の護衛を務めてきた娘だった。
主人の蓮水と従者の椿は、もとを辿れば先祖は一緒……つまり本家と分家の関係性にあると言われているが、それは何十年も前の話であり、今となっては血も薄れて他人も同然。
彼女は雲竜の命令でこの場におり、出資者の中でも末席の第五席に甘んじているのは、すべての利益を彼に横流ししているかららしい。
押し黙る朱音をよそに、衣織は彼女から目を離すと、今度はさらに部屋の奥に座るもう一人の人物に声をかける。
「そうだよね、炎さん?」
「えぇ。キミの予想通りでしたよ、衣織クン」
衣織の問いに、そう僅かに片言の日本語で返したのは、紫の華美な漢服に赤い眼鏡をかけた壮年の男、出資者第四席の李炎だった。
中国でも指折りの資産家であり、運営人の4番蘇小鈴とその実弟虞淵の養父でもある彼は、普段は細いその目をさらに引き伸ばして笑う。
「雲竜クンの妹、そして朱音クンの弟。蓮水雲雀と椿朱雀は、先ほどのゲームで死亡しましタ」
炎の唐突な断言に、賭場には大きな激震が走り、一瞬にして静まり返る。
……かと思われたが、出資者たちは大して驚くこともなく、特に大きな反応も示さなかった。
当事者である雲竜や朱音でさえも顔色一つ変えない、もはや当然の結果だとでも言いたげな涼しげな表情をしていた。
冷たい空気の中、「ふーん……」と衣織の能天気な声が響く。
「けっこう長い間持ち堪えてたのにねー……さすがに何十回も勝ち続けるのは無理かぁ」
「いえ。実は二人とも、ゲームに負けたわけじゃないんですよネ」
「……?どういうこと……?」
「どうぞこれヲ。見てもらった方が早いと思いますヨ」
炎はそう言うと、小型のモニターを衣織の前に差し出した。
暗い液晶にぱっと電源がつき、雲雀と朱雀であろう、車椅子に乗った少女と赤髪の少年が画面に映る。
そんな彼らの最期の姿を目にした衣織は、一瞬目を見開いたあと、その赫焉と輝く瞳をすっと細めた。
「……へえ」
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