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プロローグ
―突きつけられた現実の惨さに、脳が警鐘を鳴らしていた。
「………………な、で…」
薄暗い、殺風景なホールの会場。
その中心。
天井に取り付けられた小型のスピーカーを見上げ、そこで彼の声を聞いた俺は。
たった今俺を庇って死んだ姉の死体を前に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
「………」
びちゃり、と。
足を動かした反動で、床の血だまりから液体が大きく跳ね上がる。
べっとりと足首にまとわりついた姉の血は微かにまだ温かく、その温度は、姉がよく俺の頭を撫でてくれた手のひらの体温と一致していた。
猛烈な吐き気に襲われた俺は、勢いよく床に膝をつく。
「………ぅ、…っ」
血だまりに手をつき、必死に口元を押さえつける。
脳が、頭が、心が、酷く警鐘を鳴らしていた。
今すぐこの現実を遮断しろと。
さもなくば、俺はきっともう戻れなくなってしまう、と。
それでも何か、腹の底で激しく渦巻き始めた衝動に駆られ、顔を上げてしまった俺は、再び天井を仰ぎ見た。
そこには、俺たちをこの場所に売り、姉を殺した元凶が。
こっちにおいで、と。
柔く微笑んで、こちらに手招きをする青年が。
俺たちの、兄の姿がそこにはあった。
……いったい、俺たちはどこで間違ってしまったのだろう。
こんなことになるまで、兄の異変に気づけなかったこと?
ずっと一緒にいたのに、兄の本性を知らなかったこと?
……いや、違う。
すべてはあの日、あの時。
三年前、父親が兄を刺し、両親が家の窓から転落していった、あの時から。
あの家に、すべてを壊されたあの日から。
俺たちは、既におかしくなっていたんだ。
だから俺は、姉を殺した兄の存在を。
そんな兄を狂わせた、あの蓮水家の存在を。
─絶対に、ゆるしはしない。
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