第4話.とあるαたちの日常の終わり

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第4話.とあるαたちの日常の終わり

 施設の二階に位置し、プレイヤーの生死を操作する運営人たちのたまり場、管理室。  ゲームの進行とプレイヤーたちの動向を監視し、真っ暗な部屋に数十台のモニターとおびただしいほどの配線が張り巡らされたその部屋では、珍しく緊迫な空気が漂っていた。  そんな緊張感に包まれた一室の扉を、「はよーございまーす……?」と成世はいつも通りの軽い口調で挨拶しつつ、室内を伺いながらも恐る恐ると押し開ける。  と、まず始めに、先に部屋に入っていた雲十と目が合う。  そしてその奥では、彼を含める既に揃っていた成世以外の、白衣を着込んだ五人の運営人たちが全員、中央に設置された巨大なモニターを一心に覗き込んでいた。 「……え、なにこれどういう状況?」 「おぉ遅かったの、お主ら」  そう言って振り返ったのは、白衣の中に赤いチャイナドレスを身につけ、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした紅い瞳の美人─運営人4番蘇小鈴(スー・シャオリン)。  その隣には、実弟である運営人5番、虞淵(グエン)の姿もある。  なんかあったの、と成世が尋ねると小鈴は肩をすくめ、いつもの老人口調でどこか楽しげに笑ってみせた。 「さあ?まあ、面白いことになってるのは確かじゃがの」 「面白いこと……?」  成世が聞き返すと、今度はモニター近くにいた黒髪の青年─真堂と目が合う。  彼は何も言わず、ただ「お前も見てみろ」とでも言わんばかりに中央のモニターを顎で指し示した。 「……?」  怪訝に思いながらも成世は数人の人だかりをかき分け、巨大なディスプレイの前に躍り出る。  そして。 「………………………………………………………なにこれ」  ……瞬き一つせず、画面を凝視したまま、しばらくして成世の口から漏れ出たのはそんな言葉。  感情の抜け落ちた、それでいて低い声でそう呟く彼には、もはや先ほどまでの軟派な青年の姿などどこにもなかった。    モニターの画面には、昨日のゲームで生き残ったのであろう、高校生くらいの青年が映り込んでいた。  学校の制服に身を包み、プレイヤー特有の金属製の首輪をつけた青年は、物凄い形相でこちらを睨みつけている。  目尻に涙を浮かべながら、怒りと憎しみ、そして何より復讐への決意の籠った強い瞳で、彼は画面の向こうで声を枯らし泣き叫んでいた。 「─だから俺はあんたたちの仲間になって、てめぇらを内側からぶっ壊す………小春(こはる)を殺した、こんなクソみたいなゲームを終わらせてやるよ!!」 「………なに、この子」  映像を目にし、真っ先にそう声を漏らしたのは雲十。  運営人たちの輪の外から眺めるようにしてディスプレイを覗いていた彼の視線には、侮蔑の色が濃く滲み出ていた。 「ていうか、誰。そもそも、なんでこんなことになってんの」  雲十が指摘すると、モニターの隣で腕を組んで立っていた真堂は眉に皺を寄せ、僅かに渋い顔をつくる。  普段淡々としている彼がこんな表情を浮かべるなど、非常に珍しい光景だ。  真堂は一度息をつくと再びモニターに目線を移し、やがて静かに話し出す。 「彼の名は漣怜也(さざなみれいや)。現在十六歳。今回のゲームの唯一の勝者だ」 「……ゲームは?何やってたんですか」 「特に何も。至って普通のゲームです」  突如として彼らの会話に割って入ってきたのは、この施設ではあまり聞き慣れない高い鈴の音のような、しかしどこか芯の通った鋭い女性の声。  ちらと、雲十はモニターの前の人物に目を向ける。  そこにいたのはディスプレイの前に座り、運営人たちの輪の中心となっている白髪の少女だった。  彼女を横目に、雲十が再び画面に視線を戻すと、「けど、何が問題なのじゃ?」と、こくりと小首をかしげ、今度は小鈴が真堂に尋ねる。 「プレイヤーの運営側への志願など、別に珍しくもなんともないじゃろ。何故ここまで騒ぎ立てる?」 「……」  当然ともいえる小鈴の疑問に、事情を知っているであろう少女と真堂は口をつぐみ、押し黙った。  雲十も少女に目を向けるも、彼女は画面の向こうの青年を見つめるだけで、こちらには見向きもしない。  ……実際、この青年のようにプレイヤーから運営側への加入を志願する者は少なくなかった。  必ずというわけではないが、雲十たち運営側の人間は、、彼らの組織への所属の有無を検討する場合がある。  とはいっても許可が下されるのはほんの一握りであり、たとえプレイヤーからの意思表示があったとしても、そのほとんどはその場で処分されるか、プレイヤーとしてのゲームの続行を強制されるだけ。  事実、プレイヤーから運営側へ移転できた者は存在しなかった。  いるとすればそれは、ゲームの【出資者】を身内に持つ、不破成世と蓮水雲十という人物だけだ。 「……」  ……まあつまるところ、今回の青年も、受け入れる気がないのなら無視するなり、今すぐ処分するなりしてしまえばいいだけの話だったのだが。  どうやら、そういうわけにはいかないらしい。  真堂はしばらく固く口を閉ざしていたが。  やがて観念したのか、徐々にその重い口を開き始めた。 「―……真白(ましろ)の正体が見抜かれた」 「……!!」 「運営人の存在はまだしも、彼女の正体を見破られたのはさすがにまずい。他のプレイヤーに吹聴される可能性がある。よって、彼をプレイヤーとして今後もゲームを続行させていくのはもはや不可能だ」  真堂の言葉に、真白、と呼ばれた白髪の少女は自身の失態を悔やんでか、そっと静かに目を閉じた。  管理室に衝撃が走る中、雲十はいつもと変わらない落ち着き払った声で言う。 「……つまり。処分するか、受け入れるしかないと?」 「あぁ。……それに、何より出資者の方々が彼の存在を望んでいる」  出資者、という単語に次に反応したのは成世だった。  モニターの映像を見て以降、まるで人が変わったように一言も言葉を発していなかった彼は、真堂に顔を向けると少し掠れた声で唖然と呟く。 「……兄貴たちが?」 「ああ。提案者は衣織(いおり)さんだったと聞いている」 「……」  真堂の返答に、成世はぐっと自身の拳を無意識に握り締めた。  一方その傍ら、雲十の脳裏には、成世に似た金髪の爽やかな好青年が思い浮かぶ。  衣織というのは、不破衣織……成世の二つ年上の実兄にあたる、出資者の一人のことだった。  デスゲームの主催者の中には、運営人の他に【出資者】と呼ばれる者たちが存在し、主にゲームを開催するための資金提供を行っている。  彼らは組織に金銭的援助をする代わりに、プレイヤーの勝敗を賭けた、いわゆる【賭博】をする権利を上層部から与えられており、それによってさらに資金を循環させていた。  実際、デスゲームは彼らの存在によって成り立っていると言っても過言ではなく、出資者たちは賭博のみならず、他にもプレイヤーの指定や一部ルールの改変など、ゲームの開催において一定の発言権が認められおり、今回のようなプレイヤーから運営人側の移転には、彼らの推薦が必要不可欠となる。  ちなみに雲十の六つ上の兄、蓮水雲竜(うんりゅう)も出資者の一人であるのだが。 「……あのさ。全然、話がわかんないんだけど」 「……」 「だいたい、何が原因でそうなったわけ。0番が……あの()()()()()()()が、そんな簡単にヘマするとは思えないんだけど」  歯に衣着せぬ言い方で、そう管理室の僅かな沈黙を破ったのは、雲十のため息混じりの声。  雲十の言葉に真白は目をすっと開け、初めて彼に目を向けた。  0番。特殊試行実験体。  そう呼ばれた彼女はモニターに意識を向けながらも、しかし、どこか凛と筋の通った声で静かに口を開く。 「……別に。私たち運営側にも、プレイヤーたちにも、特に何か大きな不手際があったわけではありません。今回のゲームは真堂さんが監視を、私は西宮小春(にしみやこはる)という人物に成り代わり、ゲームに参加していました」  ―西宮小春。  さきほど映像で見た青年が口にしていた名前か、と雲十は思う。  彼はゲームで彼女が殺されたと言っていたが、確かにその通りなのだろう。  真白は続けた。 「西宮小春は三年前、プレイヤーとしてゲームに参加していましたが、既に脱落し、死亡しています。漣怜也とは、ゲームに参加する以前から、幼少期に入所していた児童養護施設で面識があったようです」 「児童養護施設……っていうのは、もしかしてあそこかの」 「ええ。両名とも幼い時から既に両親がおらず、共に同じ施設で育ったようです」  小鈴が口にした、あそこの、というのはプレイヤーを効率よく集めるため、組織が入所者の情報を買っているというとある養護施設のことだった。  プレイヤーはゲームを開催するにあたり、自ら参加を望んだ【自主参加者】と、拉致という形で参加を強要される【強制参加者】に二分されるのだが、漣怜也と西宮小春の二人は間違いなく後者。  恐らく、施設に売られる形でゲームに参加するはめになったのだろう。  それに関しては不運としか言いようがないが、そんなことはデスゲームを運営する側である真白たちの知ったことではない。  雲十は小さく息を吐いた。 「つまり、面識があったから偽物だってバレたってこと?意味ないじゃん、それ」 「……」  雲十の正直な感想に、真白は眉をひそめ微かに不快感をあらわにする。  実際、この真白という人物は、運営人の中でもかなり特殊な役割を担っていた。  彼女はいわば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()特殊プレイヤー。  組織の中では、特殊試行実験体と呼ばれ、重宝される人材だ。  彼女は脱落した死者の人格を完璧に模倣し、目の動かし方から呼吸の速さまで、完全にその人物に成り代わることができる。  特殊試行実験体はその特性を活かし、組織が特定の人物のデータを欲し、しかしその人物が途中で死亡してしまい、データの採取が不可能になった場合のみゲームに運用される。  実際、過去最良の特殊試行実験体と言われている彼女が模倣する脱落者の人格は完成度が群を抜いており、知人はもちろん、常に生活を共にしている家族でさえも、見分けるのは難しい。  しかし。 「……」  真白は数時間前、自身に起きた出来事を思い返す。  ゲームが終わりに近づき、勝利まであと一歩のところ。  薄暗い会場。  さっきまで、西宮小春として普通に彼と接していたのに。  彼は突如、何かを思い出したように、ふと真白の手を掴んで言ったのだ。 「お前、()()じゃないだろ」と。  そして、お前は誰だ、とも。  ……何故見破られたのか、何故彼には()()という存在が見えたのか。  それは真白にもわからない。  だが、強いて言うのだとするならば。 「……で、どうすんの。受け入れんの」  しびれを切らしたようにそう言葉を漏らしたのは、相も変わらず隣で怪訝そうに話を聞いている雲十だった。  彼の態度からもわかるように、要は漣怜也を運営側へ受け入れるか否か、話は一向に進んでいない。  プレイヤーの移転には、出資者の推薦が絶対条件であるが、それを受理するか否かの最終的な判断は運営人に委ねられている。  彼の処遇について未だ決めかねている真白と真堂は、雲十の言葉にぐっと唇を噛み締める。  しかし。  管理室が静寂に包まれる中、彼の問いに答えたのは、ぞっとするほど抑揚のない成世の声だった。 「……ま、いいんじゃない?受け入れれば」 「……!」 「別に減るもんじゃないし?それで音を上げるなら、その程度だったってことでしょ」  今までまるで感情がなくなってしまったかのようにモニターを食い入るように見つめていた反面、突如彼はふ、と鼻を鳴らすと薄い笑みを張り付けながら言った。  しかし、その目はまったくといっていいほど笑っておらず、何か怒気のようなものを含んだ、どこか冷めきった目をしている。  やれるものならやってみろ、とでも言わんばかりの眼差しだ。  その表情に、雲十は見覚えがあった。  これは、不本意にも二年の付き合いを経て得た知見だが。  成世には、ある一定の怒りの沸点を超えると、無理やり笑みを浮かべる癖があった。  今回の表情は、まさにそれ。  その凄まじい嫌悪はおそらく画面の向こうの少年に向いているのだろうが、その理由は雲十はなんとなく察しがついていた。  今まで黙って彼らの様子を見ていた真堂が、小さく息を吐く。 「……2番にしては、随分と乗り気だな。もっと拒絶するかと思ったが」 「えーなんですかそれ〜…俺ってそんなカタブツに見えます?」 「……」 「組織の意向なら従いますよ。……それが出資者ってんなら、尚更」  成世はそう言うと、天井に取り付けられた監視カメラに目を向けた。  開催費を出資し、実質ゲームを所有化している出資者たちには、ゲームを取り仕切る運営人たちを監視する権利をも与えられている。  現に今もその黒いレンズの向こうでは、成世と雲十の兄を含む現存五人の出資者たちがこちらを見ていた。  成世が殺意を向ける彼もきっと、あの腹立たしいほどそっくりな笑みを浮かべてこの部屋の様子を眺めていることだろう。  沸き立つ苛立ちに、思わずぎり、と成世は強く奥歯を嚙み締める。  そんな彼を横目に真堂はようやく決断したのか、おもむろに口を開いた。 「……真白、彼の首輪の電圧を上げて三時間ほど眠らせろ。4番と5番は、彼の回収に動け」 「……‼…………真堂さん、まさか」 「組織にとっての有益性はまだ定かではないが、本人の希望、加えて出資者からの推薦で、こちら側に来る条件は一定以上満たしている。彼は今後、不確定要素兼運営人としてこちらで扱う」  不確定要素、というのは真白の正体を見破った前代未聞の人物であることに加え、組織への敵対心をあらわにしている以上、組織にとっても有益となるか脅威となるかはわからないといった意味を含んでいるのだろう。  真堂の決定に、成世は薄く目を細める。  その顔に浮かぶのはやはり、相も変わらず自虐的な笑みだった。    「-ようこそ、運営(こちら)側へ」
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