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第5話.主人公の夢
―西宮小春のことが好きだった。
あいつと出会ったのは、十一年前。
俺と小春が、まだ五歳の時だった。
両親を事故で亡くし、親戚中を散々たらい回しにされた挙句、近くの児童養護施設に連れていかれた幼い頃の俺は、当時誰も信じられなくなっていた。
誰も助けてくれない。
手を差し伸べてなどくれない。
頼っても、邪魔だと言われてまた捨てられる。
そう心を閉ざし、施設の職員にも、さらには同じ境遇にいる仲間さえも拒絶し続けた俺は、次第に孤立していった。
狭い施設の隅っこでうずくまり、淡々と日々が過ぎるのを待つかのような毎日。
そんな俺を、唯一気にかけてくれたのが小春だった。
「わ、わたしっ、にしみやこはる……っ!よろしくね、れ、れいやくんっ」
そう言って顔を真っ赤にしながらあいつが話しかけてくれた日を、俺は今でも覚えている。
俺が無視すると半泣きになって傷ついた顔をするくせに、また翌日も懲りずに話しかけてくる。
穏やかで純粋。
他人の顔色ばかり伺って、いつもビクビクしてるくせに、変なところで頑固。
必ず迎えに来る、と。
そう言って自身を施設に捨てていった両親さえ、嘘だとわかっていても、信じて待っているかのような奴だった。
そんな彼女に、俺は励まされ、勇気づけられ、救われて。
……そして。
─幼ながらに、恋をしていた。
……今思えば、彼女と俺は、【運命の番】だったのだと思う。
俺たちの世界には、思春期以降に発現する二次性別が持つ要素の一つとして、生まれた時から既に決まっている、遺伝子的に強烈に惹かれあう相手が、αとΩの間に存在している。
αの俺と、おそらくΩであったのだろう彼女の性。
互いに二次性別が発現する前だったので定かではないが、俺は本能的に、そうだと確信していた。
しかし小春は十歳になる前に新しい親の元へ引き取られ、施設を出て行った。
知っていたのは顔と名前くらいで、会いに行こうにも、誰に引き取られたのかも、どこに引っ越したのかすらもわからない。
諦めてかけていた、そんな時。
奇跡的に、ようやく彼女と再会することできた。
そう思っていたのに。
「お前…………小春じゃないだろ」
「…」
─彼女は、既に三年前に死んでいた。
俺が小春だと思ってた奴は、小春じゃなかった。
なぜ気づくことができたのか、それは今でもわからない。
ただ、不意に見せたその表情が、仕草が。
ゲームに勝っても、人が大勢死んでいる。
そんな状況で、無理をして笑っている彼女の姿が。
―お前、この状況で笑ってられるほど、そんな強い奴じゃねえだろ。
捨てられて、傷ついて、その分他人の痛みを理解出来る、自分に話しかけてきてくれた彼女だからこそ。
目の前の人物の言動は、どこか違うと思った。
「…………………………どうして、わかったんですか」
……俺は小春のふりをしていたそいつから、彼女はもう既にゲームで亡くなっていることを知らされた。
なんとか全員で生き残れるよう動き続け、最期には他のプレイヤーを庇って死んだ、とも。
その甲斐もあり、彼女が参加したゲームは小春以外に犠牲者はいなかった、とも。
……すべてが終わった後、俺はゲームの主催者たちに、そちら側へ受け入れてもらえるよう、交渉を持ちかけた。
あいつに言われたのだ。
「もしあなたが本気で復讐を望むのなら、こちら側へ来ればいい。……けれど、一歩踏み込めばこちらは地獄よ。死ぬまで苦しみ続けることになるわ」
……それでもいいと思った。
たとえ死よりも耐え難い苦痛に、一生苛まれるとしても。
彼女が望まなくても。
何を選んでも。
何を犠牲にしても、俺が。
―小春を殺した、こんなクソみたいなゲーム終わらせてやる。
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