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第6話.主人公たちの出会い
「……あ、起きた?」
「…………ぅ、え…?」
運営人たちに召集命令が下り、漣怜也を組織の不確定要素として受け入れることが決定してから、ちょうど三時間後。
怜也は、施設に併設された医務室の一角で、自身の顔をのぞき込む見知らぬ青年の、爽やかな声で目を覚ました。
短く後頭部で結ばれた金髪に、ピアス。
一見軟派そうな雰囲気を持つその彼は怜也と目が合うと、にっこりと嘘くさいほどの綺麗な笑みを浮かべてみせた。
最初こそ混濁していたものの、徐々に意識が覚醒し、目の前の視覚を正確に認識できるようになった怜也は、自分のベッドに居座る見覚えのない青年に、思わず声を上げて飛びのいた。
「ぉ、わッ⁉」
「あ。あんま急に動かない方がいーよ。君、三時間くらいずっと寝てたから」
「…ッ、ぇあ…っ?」
成世にそう言われた途端、突如怜也の視界がぐらりと揺らぐ。
一瞬目の前が暗くなり、ベッドから転がり落ちそうになった怜也の背を、咄嗟に成世がぐいっと支えた。
「っ…」
「ほらー言わんこっちゃない。電気で無理やり眠らせてたんだから、安静にしてなくちゃダメだって」
「…だ………誰ですか、あんた…………………それに、俺、」
「うんうん、すっごく威勢のいい宣戦布告だったよね。運営人就任おめでと、漣怜也くん」
「……え………?」
「俺は君と同じここの運営人、不破成世。今日からよろしくね」
成世はそう言うと、ぱっと白く細い腕を怜也の前に差し出した。
にっと僅かに首をかしげて笑い、あくまでも友好的に笑ってみせる。
「……」
だが怜也は自身の置かれた状況を未だ理解できていないのか、目の前に出された成世の腕をしばらく唖然とした様子で見つめていた。
怜也の頬を、額に浮かんだ汗がつーっと流れ落ちる。
やがて彼はめまいと疲労で青白くなった顔を手で覆うと、信じられない、といった表情で呆然とつぶやいた。
「……………………………………俺、運営人になったんですか」
「そうだよ。最終的な判断は、俺たちの統括者の真堂さんだったけど」
「……」
「……あはは。そんなにびっくりした?それとも、ほんとはこっち側にくるつもりなんてなかった?」
「……」
「…残念だけど。一度主催者側に招いてしまった人間を元の場所に返してあげることはできないよ。俺も君も、こちら側に足を踏み入れてしまった以上、一生ここで生きていくしかない」
成世はそう言うと、怜也の前に突き出した手を戻し、ギッと音を立ててベッドの上から立ち上がった。
…これは成世たち運営人の間では周知の事実であったが、彼らを含む組織に属する人間は、研究施設からの外出を固く禁じられていた。
期間は無期限。つまり、死ぬまでここからは出られないということだ。
理由は様々だが、組織出身の真堂と真白を除き、成世も雲十も、そして兄弟ともどもここに連れてこられたあの蘇兄弟も、それを承知でこの場にいる。
当然、生半可な覚悟では来ることができない場所ではあるのには違いないが、しかし、成世の問いに怜也はふるふると力なく首を横に振った。
「……わかってます。覚悟は、できてるんです…小春を殺したこのゲームを、俺が内側からぶっ壊してやるんだって。でも、なんで俺なんかがこんな簡単に運営人になんて…」
「あー、それはね。兄貴たちのおかげだよ」
「あに、………え…?」
「怜也くんの場合は、真白ちゃんの正体を見抜いちゃったって点が大きいんだけど。運営人になるには、基本的に出資者の推薦が必要なのね。で、今回怜也くんを推薦したのは、俺の兄貴。だから、俺と一緒」
「…しゅっ……し、しゃ…?」
「このゲームに出資して、金を賭けてる奴らのことだよ。君がやらされてたあのゲームは全部、あいつらの資金で成り立ってる」
「……」
「……ま、ゲームのシステムとかその他諸々のことは、あとで説明があると思うけど。とりあえず、兄貴たちが物好きな奴でよかったね」
成世はそう言うと、怜也に向かってにっこりと笑ってみせた。
しかし、その言葉の端々に感じる若干の皮肉と、明らかに笑っていない目の奥に、怜也はどう返答したらいいかわからず、複雑そうな表情を浮かべる。
「……」
……実際、怜也は成世が一番嫌いなタイプの人間の一人だった。
良くも悪くも実直で、純粋。
誰かが望んだわけでもないのに、願ったわけでもないのに。
死んだ誰かを理由にして、復讐を果たそうとして。
こちら側に来ればそれができると思いこんでいる、身勝手な偽善者。
……昔の自分を見ているみたいで、本当に嫌だった。
成世はふぅと小さく息をつくと、医務室を出ようと扉の取手に手をかける。
「……じゃ。話すことは話したし、俺はこれで。君の面倒は、これから真白ちゃんか真堂さんがみてくれるはずだから、」
と、その時。
ガチャリ、とドアが開き、扉の向こう側からちょうど真白が姿を現した。
「あ」
「……成世さん?」
まさか成世がいるとは思わなかったのだろう。
彼女は、普段は人形のように無機質なその桜色の目を、一瞬、僅かに見開かせた。
が、成世がこの場にいることを怪訝に思ったらしい。
すぐさま、その細い眉をひそませた。
「……何故あなたがここに?」
「いやぁこれから一緒に過ごす仲間として、挨拶でもしとこうかなと思って。ほら、これから一生の付き合いになるわけだし」
「……あなたは先ほど真堂さんから、前回のゲームのデータ処理を命じられていませんでしたか?」
「ちゃんとやるつもりだったって。もう、そんな怖い顔しないでよ」
「……」
「じゃ、またあとでね」
成世はそう言って二人にひらひらと手を振ると、真白の横を通り過ぎ、医務室を出て行った。
成世が去ったあとの医務室からは、ぎこちないながらも、はっきりと会話をする彼女たちの声が聞こえてくる。
幼馴染を演じていた彼女と、それを見破った彼。
再会を果たした彼らはこれから、いったいどんな言葉を交わすのだろう。
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