魔王城のNPC

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魔王城のNPC

 なんだかんだで転生した俺。冒頭から、前世の死に様を事細かに説明されてもつまらないだろうから、そのあたりは省略する。  俺の家系(かけい)は代々、観光客から魔王城(まおうじょう)と称されている大きな城の近くで、宿屋を営んでいる。魔王城(まおうじょう)の正門前で案内をしているNPCは祖父だ。  NPCの主な仕事は、店員や観光客向けの案内係。  NPCは戦闘職ではない。しかし多くのNPCは、観光客の安全を担保する目的で、必要最低限の戦闘技術を習得している。  祖父が案内係を務めている魔王城(まおうじょう)では、多くのモンスターが放し飼いになっている。そのため、案内係になるには、どれだけ大勢のモンスターの中に身を置こうと、応対中の観光客全員を保護しながら、案内業務を遂行出来るだけの戦闘能力を有していることが、雇用の必須要件となっている。  稀に、突然刃物で斬りつけてくる、冒険者を名乗る観光客もいる。冒険者やモンスターに倒されることが無く、かつ相手を決して傷付けない、強者(きょうしゃ)のみに就くことが許される職種が案内係。  NPCになった者の戦闘力を測ることは難しい。そもそも戦闘が成立しないという表現が適切だろうか。如何(いか)なる攻撃であろうと、全てをかわし、当たることが無い者しかNPCになれない。NPCになる際、クエスト任務以外では、如何(いか)なる者に対しても、危害を加えないことを誓約する。武力を行使することが許されていない、NPCの強さを測ることは、不可能なのだ。  NPCになる者の多くは、強力なモンスターが生息する地域出身者。では、その地域で生まれた者は、生まれた時から戦闘能力やレベルが高いのか? 答えはノーだ。どこで生まれても初期能力は同じ。  強くなるための修行をしているのか? それも答えはノー。どの地域でも、冒険者以外は普通に生活を営んでいるだけ。  集落の外にはモンスターが生息している。  では、一生集落から出ることなく暮らしているのか? 答えはノーだ。日常的に集落の外へ食材や素材の採取に行くし、交易もする。安全に交易を行える環境を維持し続けている。集落に入ろうとするモンスターがいれば、駆除もする。  集落に居住する者が、集落周辺に生息するモンスター以上の戦闘能力を有していなければ、集落はモンスターによって滅ぼされてしまう。  では、何故均衡を保っていられるのか?  俺は、生活の中で環境に応じて身に付けていくものが、戦闘力に大きく影響していると考えた。そうでなければ、日常生活を送れない者が出てくる。強いモンスターが生息する地域ほど、そういう者が多く発生するはずだ。しかし、そんな事象は生じていない。  村人は、冒険者のようにモンスターを狩ることを生活の主軸にはしていない。そういったことが必要な場合、ギルドに依頼を出す。  そのため、村人がレベルアップにより行えるようになるステ振りを行うことは無い。当然、全ての村人のステータスは初期値である。  数値上は弱いのに、戦闘能力は高いなんて矛盾している――。  この現象は、戦闘能力が資質、家系(かけい)、その他の要素に起因するもの、レベル、ステ振り、装備が最重要要素ではないことを示している。それらを上手く活用すれば有益。だけれど、無くても構わない程度の位置付けでしかないということ。  俺は仮説を立てた。実績を積むと、数値化されない裏パラメータが上がる。そして、積んだ経験の分だけ成長する。戦闘能力を向上させるには、数値化されている情報よりも、可視化されない経験による成長が重要となる。  この仮説はおそらく正しい。俺は、ステ振りをしていない。だから数値上は最弱。そんな俺が、実戦においては、隣国最強(自称)の剣士になったから――。  この世界には戸籍制度が存在しない。  貴族等の、地位や名誉を重視する者は、家名を気にする。しかし、そうでない者にとって、名は単なる識別子でしかない。実際、名を持たないNPCは、ごまんといる。  好きな名を名乗れば、いつでも新しい人生を始められる。
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