千年夜の願い。

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 約千年前、大規模な戦争が始まった。かつて人間だった私は徴兵され、生きて故郷に戻ることは出来ないと悟った。  命は惜しくなかったが、唯一の心残りは、もう二度と会えないであろう愛する彼女のことだった。 「もう一目だけでも、彼女に会いたかった……」  劣悪な環境は心を蝕み、日々仲間を喪い、死の足音を聞いた。前線に行くにつれ悪化する戦況で、やがて私も致命傷を負った。  そして垂れ死ぬのを待つばかりの状況で、偶然、私は倒れた先の瓦礫の下で『魔法のランプ』を手にしたのだ。  奇しくもその日は、赤い月が嗤う夜だった。現れた魔人に、私は願う。 「……平和な世界で、彼女と幸せに暮らしたい……」 「それはダメだ。叶えられる願いはひとつだけだと言ったはずだ」 「!?……願いはひとつじゃないか!」  思わず大声を出すと、喉に血が絡んだ。もう長くはないと、音の鳴る呼吸と、痛みを越え既に感覚のない中で悟る。  ひょっとすると、この魔人すら今際の際に見る幻なのかもしれない。 「……戦争は、この先何千年と続くだろう。前の主が願ったことだ」 「な……っ!?」 「だから、お前のその望みを叶えようとするのなら『お前と彼女の不老不死』を願い、二人して幾度も死ぬ痛みを繰り返しながらその都度蘇り、この世の終わりまで戦争を続けるか……」  魔人はにやりと意地悪く笑い、私の身体を見下ろす。  口を動かすのがやっとな私は、自分の身がどうなっているのか、確認することすら叶わない。 「或いは『世界平和』を願い、もって数分の死にかけのその身で、故郷まで這って帰るかのどちらかだろう」 「そんな……」  手にした希望が絶望に変わる中、私は目を閉じ、もう二度と会えないであろう彼女の美しい瞳を思い出す。  そしてそのまま何もかも諦め事切れようとした刹那、魔人は最後の選択肢を口にした。 「もしくは、お前がオレの代わりにランプの魔人になるか?」 「え……?」 「そうすれば、お前は今死ぬことはない。何千年も生きられる。そうして、いつかその任が解かれる時に、ひとつだけ願いを叶えられる」 「……! なる、魔人に、ならせてくれ!」  実質二つ願いが叶うようなものだ。魔人の任が解かれる条件も聞くことさえ出来ないまま、私は寿命の砂時計に抗うように契約を交わした。  入れ替わりで前任の魔人が居なくなったのに気付いたのは、ランプの奥底に、人間としての記憶を閉じ込められた後だった。  そうして私は、終わりの見えない暗闇の中で、ランプの魔人となったのだ。 ***** 『いつか魔人の任を解かれ自由を手にする時、記憶は蘇り、願いを思い出すだろう。それを叶えたくば、次のランプの魔人を見付けろ』  そんな前任の言葉すら、ただの人となった今になって思い出せたものの、解放を願ってくれた少女を私の代わりに魔人にする、なんて、出来るはずもない。  次のランプの魔人が居ない以上、ランプに残った魔力で叶えられる願いは限られているだろう。  それを叶えれば『魔法のランプ』はこの世界から消えてなくなる。もう二度と、ランプを巡り血が流されることはない。  私は最後の願いを決めねばならない。そう思ったが、私の願いはとっくの昔に決まっていたのだ。 「ふふ……また、会えたわね」 「ああ、ずっと、会いたかった……」  自由を手にした時に記憶が蘇るというのは、私に限った話ではなかったようだ。  いつだって私のことを想ってくれた、美しい瞳をした心優しい彼女の魂も、遠い昔に離れ離れになった私を思い出したようだった。 「……今度は、私の願いを叶えてくれるか?」 「ええ、もちろん。……もう、魔法のランプに頼る必要はないわ。願いは、二人で叶えましょう」  私たちの願いは、あの頃と変わらない。  彼女の生まれ変わりの少女と、今度こそ、この平和な世界で生きる。  こうして私の願いは、赤い月の嗤う夜を越え、千年越しの夜明けに叶ったのだった。
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