そんな身体でヤりたくないわけないっ!

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 全てが終わった後、先に身体を起こしたのはスルトの方だった。彼の動きに合わせてイライザも目を開ける。  お互いの身体を清めるべく、マジックインベントリから特殊なスクロールを取り出す。清潔を保つことは長旅において重要であり、冒険者なら誰もが余裕を持って用意しているものだ。  それで各々の身体や装備品を一瞬で清め、スクロールがどろんと消えたのを確認すると、次は飲料水を出してきて喉を潤した。瓶を一気に空にすると、漸くそこで乱れた服装や、脱ぎ去った衣類を身につけ、身支度を調えた。 「……イライザ、その、……ごめん……じゃないな。ありがとう」 「い、いえ、……お互い様、ということで」 「そう言ってもらえると助かる」  はにかんだイライザに、スルトも僅かに強張っていた表情を緩めた。合意とは言え、どんな顔をすれば良いのか分からないのが正直なところだった。 「……身体の方は大丈夫か? 流石に樹上でキャンプは無理だろうが、どこかで休んでから帰るか」 「いえ、それが思ったより疲労感がなくて……あ、えっと、確かに違和感はあるんですけど、たいしたことはないので動けますよ」 「そうか。なら、まずは君を抱えて下に降りるとするか」  スルトの提案にイライザが頷こうとした瞬間、下から人の声が聞こえた。 「おおーい! 無事かぁ~~?!」 「……ダンジョンの代わりにトレントが生えたので、様子を見に来られたようですね」 「それにしては早くないか……? いや、斥候なら普通か……ここだー! 上にいる!! 二人とも無事だ!!!」  太陽の位置を確認して、スルトが納得する。二人が欲の発散方法について合意をした時間から、既に2時間は経過していた。  迎えがいるなら下に降りるべきだと判断したスルトがイライザを見る。イライザは頷くと、杖を探そうとして、手元にないことに気づいた。 「あ、もしかしてふらついたときに……?」 「そうかもな。流石に一気に降りるわけじゃないから、どこかに引っかかってないか見ながらいこう」 「ありがとうございます」  昂ぶりを鎮め、徐々に落ち着いてきた二人の会話が戻り始める。しかし、いざスルトがイライザの手を取り、自分にしっかりと掴まるよう言ったところで、再び二人の身体が密着することに気づいた。  イライザは落ちないようにスルトの首に手を回し、スルトはイライザを落とさないように、彼女の腰をしっかりと左腕で引き寄せることになる。  思わず二人は見つめ合って、視線を絡めた。  はっきりとした熱でこそないが、お互いの顔が自然と近くなっていく。唇が触れそうになったところで、もう一度声が響いた。 「そっち行くかー?!」 「……! 大丈夫だ! 今から降りる!!!!」  同時にはっと我に返った二人は、咄嗟に顔を離した。スルトが斥候の声に応え、改めて彼女の手を取る。イライザも今度はスルトの顔を見ないようにして、ぎゅっと彼にしがみついた。 ******  斥候としてやってきたのは、炭鉱都市カンナギの冒険者ギルドの中でも身軽さや脚力、持久力が非常に評価されている若手の男だった。地面に転がっていたイライザの杖を回収していた彼は密かにイライザと仲を深めるチャンスを狙っていたが、二人がトレントから降りてきた際の妙に湿った空気を見ると心中で悪態をついた。できる男は人の機微に聡い。  二人の無事を確認し、先触れとして街へとんぼ返りすることになったのは不幸中の幸いだったと言うべきだろう。  二人が街に戻るころにはお互いの空気感は元に戻っていたため、どちらともなく冒険者ギルドへ足を向けた。斥候によりダンジョンの変貌とトレントの発生については既に話が通っており、元々が特殊な依頼であったため、個室へ通された。  出された紅茶を飲みながら少し待つと、今回の依頼を案内した担当の女性とカンナギ支部のギルドマスターが入ってきた。 「スルト、イライザ。待たせたな。報告を聞こう」  炭鉱夫の出であるギルドマスターは、ソファに深く座って二人を見遣った。スルトがかいつまんでアルラウネ討伐とコア破壊、トレントの発生を伝えると、ギルドマスターは顎を手で擦りながら「直ぐに確認させよう」と手配のため席を離れた。  残された担当は改めて二人へ労いの言葉を掛ける。 「お二人ともお疲れ様でした。コアの回収ができなかった件ですが、確認が済み次第報酬のお支払となりますが……何をもって攻略済みとするかはギルドマスターの判断を待つことになりますので、少々お時間をいただくことになるかと」 「いや、それでいい。その間他の依頼を受けたりするのは問題ないか?」 「はい。ただ別の街への移動は控えていただけますと幸いです」 「勿論だ。トレントの経過観察を含め、後始末の内だからな」 「ありがとうございます。助かります」  イライザはスルトの隣に腰掛け、二人のやりとりを見守る。基本的にスルトが話を進めるのはいつも通りのため、イライザは紅茶の香りを楽しんでいた。  担当の次の言葉を聞くまでは。 「それにしても、お二人が『そう』なるだなんて……淫魔の影響の強さがそれほど強かったのだとしたら、やはり早めに対処ができて僥倖でした」 「んぐっ?! げほっ、ごほっ!」 「大丈夫か? イライザ」 「は、はい。すみません」  あからさまに動揺するイライザは、担当には何がどう見えているのだろうと複雑な気持ちになった。荒くれ者の多い冒険者を数多く相手にする立場だ。恐らく特有の『人を見る目』というものがあるのだろうと思い、どうにかこみ上げてくる羞恥心を飲み込んだ。  幸いにも『どうして』二人が肌を重ねたのかまでは知られていない。ダンジョン攻略中における『処置』として考えられているというのなら、訂正する理由などなかった。 「トレントがいる森は動植物が豊かになると言いますが、その影響が鉱山に及んで地質が変わることも有り得ますから。街を支える産業がなくなってしまう危険がある以上、まだ予断を許さないかと」 「そうですね。短期的なものと長期的なものとで調査を継続して、色々とデータが欲しいところです」  神妙な顔をしたイライザと担当がうなずき合う。その後担当が改めてデータを揃えて検討すると告げると、スルトはそれ以上会話が発展することはないとみて切り上げることにした。 「まあ、俺達は変わらず妙な絡まれ方さえしなければ冒険者として静かに過ごしたいだけだ。よろしく頼む」 「勿論です。暫くは下品な話を吹っ掛けられるかと思いますが、ギルドの規定に則った対処であれば大丈夫ですので。必要でしたら記録装置の貸し出しも可能ですので、お困りでしたら受付カウンター横の相談員にお声がけください」 「ああ」  スルトがまず立ち上がり、イライザがそれに続く。直ぐに部屋を出ていくスルトを追いかけながらイライザが軽く会釈をすると、見送りのため立ち上がっていた担当もにこやかに笑って応えた。そして頬に手を当てて考え込む。 「……相変わらず距離感が不思議な二人ね。ヤったならもっと変わりそうなものだけど」  勿論、こっそりと呟いた言葉はスルトにさえ気づかれることはなかった。  イライザはずんずんとギルド内を歩き、真っ直ぐ外へ出ようとしていたスルトを呼び止めた。 「スルト、これからどうしますか? 新しい依頼を確認して、良さそうなものがあれば押さえておくのも悪くないかと……」 「それよりも、俺達二人の取り決めについて改めて君の考えが聞きたい。その上で、ギルドに提出したパーティ内ルールを変更する必要があるなら、その手続きをしないといけないだろ」 「へ、」  通行の邪魔にならないように、スルトがイライザの手を引いて、人の少ない壁際へ寄る。そしてイライザと目を合わせると、僅かに頬を赤らめつつはっきりと告げた。 「……君が嫌でないのなら、俺はこれっきりというのは惜しいと思っているんだけど」 「!」  スルトの言わんとするところを理解して、イライザの顔が赤くなる。ぎゅっと両手で杖を握りしめ、か細い声で「そういうことなら」と頷いた。  途端、 「おいスルトてめえ! ここでいちゃつくんじゃねえ!」 「そうだそうだー! ギルドでラブラブすんのは煽り行為だー!」  外野から野次が飛んだ。冒険者は耳が聡い。 「うるさい! 今大事な話をしている!」 「知るかぁ!!! オレ達にゃ気にくわねえ話だろうが!!」  スルトが声が飛んできた方を睨みながら声を張り上げると、怯むことのないやっかみが更に返ってきた。  イライザもまた、女性冒険者やギルドの受付嬢たちが「ついにスルトが誰かのものになったのか」とひそひそと囁き合うのを聞きながら、熱くなるばかりの頬に手をあてて、どうにか熱を逃がそうと試みる。  結局、スルトとイライザは人の手配を済ませたギルドマスターに「ギルドに用がないなら外で話をしろ」と即座にたたき出され、他の冒険者達の野次を背にその場を離れた。  避妊魔法の解除がまだだと思い出したギルドマスターが二人の泊まる宿へ人を遣ったが、話し合いを終え、盛り上がっている男女の声を扉越しに聞いて心を削られたのはまた別の話。
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