これで恋じゃないんですか?!

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 夜が明け、朝食を食べようと街へ繰り出した二人は、刻み野菜としっかりと焼かれたソーセージをクレープ生地でくるんだ軽食を屋台に見つけると、いそいそと代金を渡して目的を達成した。街の広場で熱々のおかずクレープを食べながら、イライザは昨日考えていたことをスルトに切り出した。 「実は昨日のルカからのマジックフォンなんですけど……その、心配? のようなものをされまして。スルトは随分私を大事にしているようだけど、結婚も考えているのか、って」 「え?」  ぎっちりと詰められた刻み野菜が包み紙から落ちそうになり、慌てて手で受け止めたスルトがきょとんとした顔でイライザを見遣る。  イライザはそれに微笑んで自分も一口かじりつくと、よく噛んで飲み下した。ソーセージから溢れる油は甘く、唇についた分まで舐め取り、味わう。 「正直、私も考えが足りてなかったかなと反省しました。もし私たちのどちらかが……好きな人がいるだけならばまだしも、恋人ができ、結婚するとなった時の方針について、私たちは一切話し合ったことがないんです」  イライザの話を聞きながら、スルトもまたしゃくしゃくと小気味のよい音を出しながら咀嚼していた。ソーセージの塩味はさっぱりとした野菜が中和し、仄かに甘いクレープ生地がそれを包む。微かに辛みのあるマヨネーズは熱で溶けており、より塩味の鋭さを緩和していた。   「そう言われると……そうだな……三年前は考えられないというか、有り得ないとさえ思っていたが……俺はともかく、イライザは別に男が怖いとかではないんだし……そうなるとパーティを解散することもあるのか……」 「私も、あんまり実感として考えてないんです。でも、死期と同じで冒険者は特にそういったタイミングが急に来ることもあるかと」  イライザが半分も食べないうちにペロリと平らげてしまったスルトは、包み紙をくしゃくしゃと丸め、手の中で弄びながらイライザを見た。 「ちなみに今そういう相手がいるのか?」 「いいえ」 「……。そうか……。」  即座に帰ってきた返答に、スルトの言葉が詰まる。その間にもイライザはクレープをかじっていた。  ふむ、とスルトがまとめた考えを口に乗せる。 「なら、俺はどうだ?」 「んぐっ」  あっさりとした言葉に、イライザは咳き込みそうになるのを堪えた。どうにか口の中にある分は飲み込んで、改めて咳払いをするも、スルトはイライザの背をさすってやりながら言葉を続ける。 「俺はまだまだイライザが必要だ。結婚や恋愛で離脱されるのは困る。君が嫌でなければ結婚してほしい」 「結婚はそういう都合でするものではないのでは……?!」  名案だとばかりに顔を輝かせるスルトに、熱に浮かされたような気配は微塵もない。  これはきっと好きだなんだという話では無いのだと、イライザは理解せざるを得なかった。他の人が口にするような色恋からくる提案ではない。スルトに恋人がいたという話は聞いたことがなく、どこまでもそういった感覚を理解しないか、感性がないのだろう。  ただ、恋人面をされるのを嫌がるというのはルカ経由で知っているが、果たして妻となった際に夫婦面をするのは良いのだろうかとイライザは素朴な疑問に捕らわれた。 「だが、お互い今以上にちょっかいを掛けられることも減るだろう。将来のことは分からないが、離婚はそこまで難しいことでもないし、その時は財産は折半にして……」 「スルト、ちょっと待ってください。あなたはそれでいいんですか?」 「いい。イライザを横から攫われるくらいなら俺が君と結婚するメリットの方がでかい」 「……」  あまりにも揺るぎないスルトの言葉に、イライザは言葉を失った。そして思考を整理する。  恐らくスルトはイライザに恋愛感情を持っているから申し出ているわけではない。かと言って身体に執着しているわけでもない。ただ、信頼関係という一点において、イライザより他が考えられないのだ。  そしてスルトの言動や態度は、他の人からすれば恋愛というものに結びつくだろう。しかも誠実なものとして見えることは間違いない。イライザはその乖離を理解しておかなければならなかった。何よりもスルトの相棒として。  言葉を返さないイライザに、スルトが漸く首をかしげ、彼女の様子を窺った。 「君の方こそ、そう言うからには乗り気じゃなさそうだが」  スルトの態度にはなんの期待も、不安もなかった。「今日はどの依頼を受ける?」程度の温度感でしかない。  イライザは自分の中にスルトへの恋愛感情がないか探してみたが、やはり信頼が置ける男だという以上のものは見つけられなかった。 「いえ、まあ考えてないだけで結婚したら税金はともかく給付金がもらえたり、子どもを産むにしても夫がいると小間遣いに丁度いいなどとは聞きますけど……あれ? メリット結構ありますね……?」 「だろう? 結婚も視野に入れつつ他にも保障がないか役所に行ってみるか」 「それでは確定のようじゃないですか! いえ、嫌ではないですが検討だけで終わったらあなたがなんて言われるか……っ」 「『一途で初な男』『初恋に浮き足立ついい年した男』『素人童貞卒業生』……これに何か増えても別に俺にダメージはないと思わないか」 「本人も知ってた!!!」   わっと声を出したものの、スルトの言葉を聞く限り、考えた上で提案されたものであることはイライザにもよく分かった。  残り少なくなったクレープにかじりつき、温かいうちに食べきれるよう口を動かす。  もぐもぐと賢明にほおばるイライザを横目に、スルトは肩をすくめた。 「別に元々素人童貞じゃないが……まあとにかく、だ。俺達がどうであろうと周りは好き勝手に言うものなんだから、俺は気にしない。だが、イライザが気になるというのなら君に従おう」  依頼をこなすときとなんら変わらないスルトの態度に、イライザは肩の力を抜いた。ルカの言葉を意識してしまっていたが、大切なことはいつもスルト本人が教えてくれる。  イライザはスルトと組み始めてから、随分他人の目を気にしなくても良いようになったことを思い出した。いつだってスルトのことだけを考えていれば、二人の関係もパーティとしての行動も上手くいった。 「……スルトは時々とんでもないことを私に任せますね」 「俺は自分の意見は伝えたぞ? 言いにくいなら全て言葉にしなくてもいい。結論だけ教えてくれても構わない」 「そう言われると重いですね……。まあ、でも一緒に考えましょう。結婚が一番楽で良い選択なら、結婚するということで」 「分かった!」  からりと笑ったスルトに、イライザも笑い返して最後のクレープ生地を口の中へ詰め込んだ。  結婚では冒険者として認められる諸活動や、所属するパーティの選択を法的に制限することができないと説明され、スルトが頭を抱えるのは一時間後の話である。
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