千年桜の呪い

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千年桜の呪い

 気が遠くなるほど、遠い昔。私は人間の女だった。とても嫉妬深い女で、好いた男が、他の女に取られそうになった時、私はその女の髪をこっそり懐にしまった。  その女は友人だったので、警戒することなく髪を拝借できた。  この地には言い伝えが多々ある。そのひとつに、『千年桜に藁人形を打ち付けると、呪いは必ず成功する』と言われている。  私は藁人形に女の髪を詰め、真夜中に千年桜へ向かった。  夜で足元が見えないというものあったが、悪路ということもあって、着くのに時間がかかってしまった。  だが、そんな些末なことはどうでもいい。 「あの人は、私のものだ! 消えろ、泥棒猫!」  恨み言を口にしながら、五寸釘を打ち付ける。 『消えるのは貴様だ。否、消えることができたら、どれだけいいだろうと思うほど、後悔するがいい』  頭の中に声が響き、めまいがした。そのまま倒れ、意識を失う。  意識が戻った時、私は背が低くなっているような気がした。手を見ると、それは人間のものではない。 『貴様は今日から山おらびだ。私に傷をつけた罰だ』  山おらび。聞いたことがある。掛け声をかけた者を食べる妖だ。  山おらびになってから、私は反省と後悔をし、千年桜に元の姿に戻すよう、懇願した。だが、千年桜は私の懇願を嘲笑うかのように、何も言わない。  せめて、千年桜が見えないところへ行こうとしたが、私は千年桜から離れることが出来ないらしい。  千年桜を囲むように、結界が張られていた。厄介なことに、この結界は、私をここから出してくれない。  山おらびになって数日、どうしたものかと考えあぐねいていると、あの掛け声が聞こえた。 「ヤイヤイ!」  聞き間違えるはずもない。あの人の声だ。 「ヤイヤイ!」  私の口は勝手に動き、醜い声を発した。 「ヤイヤイ!」 「ヤイヤイ!」 「ヤイヤイ!」 「ヤイヤイ!」  声は徐々に近づき、あの人は私の目の前に来てしまった。 「醜い化け物だな」  私が好いた男は、見たことない、醜悪な笑みを浮かべ、私に石や枝を投げつける。  当時は悲しかったが、これで死ねたら、どれだけ幸福だっただろう? 「醜い化け物だな」  あの人の言葉を繰り返しながら捕まえ、喉元を食らいつく。  初めて食べた人の肉は、とてもまずい。  だが、これで悲鳴を聞くことはない。それだけが救いだ。私は暴れるこの男を食べていく。  食べ進めれば食べ進めるほど、彼は動かなくなる。  彼の着物で血を拭い、結界の外に放り投げた。この行為が千年桜の呪いか、それとも自分の意志か、分からない。  あれから、数百年経っただろう。人間の服が変わるくらいに。なのに、千年桜は朽ちず、私もこのままだ。  数百年も経ったというのに、まだ人間に戻ろうとしているのか?  否。  この地獄が終わるのなら、本物の地獄に送られたって構わない。  妖でも人間でもいい。どうか私を始末してくれ。
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