3人が本棚に入れています
本棚に追加
千年桜と山おらび
今年も、桜が咲いてしまった。忌々しい千年桜が。千年桜の美しさにつられ、人が来る。そして私は、その人達を――。
「今年も、綺麗な桜が咲いたなぁ。去年は忙しくて来れなかったけど、今年はゆっくり楽しめそうだ」
「しかも、千年桜の下で花見ができるなんて、最高だよ」
人間達の声が、遠くから聞こえる。私の噂はそれなりに広まってるはずだ。なのに、何故今年も人が来るのだろう?
今まで聞こえてきた人間達の言葉を繋ぎ合わせれば、桜の名所はこの近くにたくさんある。何故、険しい道のりを越え、千年桜を見に来るのだろう?
時が流れ、私の噂が途絶え、道が舗装されたと言うのだろうか?
それとも、千年桜に、人を引き付ける力があるのだろうか?
「うっわぁ、すっごい綺麗! インスタ映え間違いなし!」
「お前、まーたインスタかよ」
「いいじゃん、別に」
あぁ、愚かな人間がまた来てしまった……。
彼らは私を見つけるだろう。
「んじゃ、この辺にレジャーシート敷くか」
「オッケー、手伝うよ」
できれば人間から逃げたいが、千年桜のせいで、私はこの場から動くことができない。
私は、私のことを思い出さない、もしくは人間達が知らないことを祈る。
「そういえば、山おらびって知ってるか?」
人間の男は、お決まりのように私の話をする。
「なにそれ?」
「ヤイヤイ、って声をかけると、声を返してくれるんだって」
「へぇ、楽しそう。やってみよう」
「ヤイヤイ!」
ふたりの人間は、あろうことか、私の近くでその言葉を口にした。
「ヤイヤイ!」
私は仕方なく言葉を返す。
「意外と近い!」
「この木の裏?」
ふたりは何度も掛け声を発しながら、私の声を頼りに近づいてくる。
「いやぁ! 化け物!」
「うっわ、気持ち悪い!」
ふたりは、私を見つけてしまった。
「いやぁ! 化け物! うっわ、気持ち悪い!」
ふたりの言葉を繰り返しながら、私の腕は、彼らをつかむ。
悲鳴をあげるふたりを、むしゃむしゃと食べる。悲鳴だけ、繰り返さずに済むのは何故だろうか?
地面に敷き詰められた桜の花びらと私の見にくい手は、血に染まる。
一体、何百年もこうしているのだろう?
私は、人間だったときのことを思い出した。
最初のコメントを投稿しよう!