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その夜、夕食をすませた春麗は母親に自分の考えを伝える事にした。このままでは、またどこからか嫁入りの話をもらってくるに違いないからだ。
「母上、あのね。私、袁紹殿のところに行こうと思うの」
「袁紹って、あの冀州の?」
「ええ。袁紹殿なら、この乱世を終わらせてくれるかもしれない」
春麗は『なぜ自分がそう思ったのか』を話して聞かせ、母親の同意を得ようとした。
「父さまが、私に言ったこと覚えてるでしょ? 『世が乱れているから、人心も乱れる。世が正されれば、人心も正される。なら、どうすればいいか……』」
母親はじっとしたまま娘の話を聞いていた。その表情からは、何を考えているのかは分からない。
「父さまは、私なら分かると言っていた。それはきっと、世の中を変えてくれる人を見つける事だと思うの」
そこまで話すと、春麗は母親の言葉を待った。あの父の言葉を聞いていた母なら、きっと「分かった」と言ってくれると信じていた。
だが、母親から返ってきた言葉は意外なものだった。
「あなたは、なぜ『世の中を変えたい』と思っているの?」
「えっ?」
「父様がそう言ったから?」
「それは……」
言葉が出てこなかった。「自分がそう思ったから」とは言えなかった。母親が言うように、『父親がそう言ったからそう思った』のだ。
俯いたまま何も答えない娘を見て、母親は諭すように言った。
「あなたが、父様の言葉を気にしているのは知っていたわ。けれど、その言葉をそのまま受け取ってしまっているようでは、まだ駄目ね」
「えっ?」
「あなたがあなたの言葉で言えないうちは、誰に仕えても同じよ」
春麗は母親を見た。学者だった父親の影に隠れていて見えなかったが、母親もまた聡明な人物だったのだ。
「嫁入りの話はお断りしましょう。その代わり、あなたも──あなたの言葉で言えないうちは、この村から出ないこと。良いわね?」
有無を言わせない口調に、春麗はただ頷くしかなかった。
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