1・失意の花

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 その夜、夕食をすませた春麗は母親に自分の考えを伝える事にした。このままでは、またどこからか嫁入りの話をもらってくるに違いないからだ。 「母上、あのね。私、袁紹殿のところに行こうと思うの」 「袁紹って、あの冀州の?」 「ええ。袁紹殿なら、この乱世を終わらせてくれるかもしれない」  春麗は『なぜ自分がそう思ったのか』を話して聞かせ、母親の同意を得ようとした。 「父さまが、私に言ったこと覚えてるでしょ? 『世が乱れているから、人心も乱れる。世が正されれば、人心も正される。なら、どうすればいいか……』」  母親はじっとしたまま娘の話を聞いていた。その表情からは、何を考えているのかは分からない。 「父さまは、私なら分かると言っていた。それはきっと、世の中を変えてくれる人を見つける事だと思うの」  そこまで話すと、春麗は母親の言葉を待った。あの父の言葉を聞いていた母なら、きっと「分かった」と言ってくれると信じていた。  だが、母親から返ってきた言葉は意外なものだった。 「あなたは、なぜ『世の中を変えたい』と思っているの?」 「えっ?」 「父様がそう言ったから?」 「それは……」  言葉が出てこなかった。「自分がそう思ったから」とは言えなかった。母親が言うように、『父親がそう言ったからそう思った』のだ。  俯いたまま何も答えない娘を見て、母親は諭すように言った。 「あなたが、父様の言葉を気にしているのは知っていたわ。けれど、その言葉をそのまま受け取ってしまっているようでは、まだ駄目ね」 「えっ?」 「あなたがあなたの言葉で言えないうちは、誰に仕えても同じよ」  春麗は母親を見た。学者だった父親の影に隠れていて見えなかったが、母親もまた聡明な人物だったのだ。 「嫁入りの話はお断りしましょう。その代わり、あなたも──あなたの言葉で言えないうちは、この村から出ないこと。良いわね?」  有無を言わせない口調に、春麗はただ頷くしかなかった。
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