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出会いは覚えていない。
思い出せる一番古い記憶は、幼稚園の庭で砂遊びをしていたことだ。
それほど私たちは長い付き合いだった。
「ねえねえ、来月はみんなでお花見をしない?」
仲良し幼馴染四人組。
そのうちの一人が、SNSで作成した幼馴染のグループにそう書きこんだ。
幼稚園から中学校までは同じ学び舎に通った。
高校からはそれぞれ別の学校になったが、同じ住宅街に住んでいた私たちは、気がつけば誰かの部屋に集まっていた。
お菓子やジュースを持ち寄って勉強をしたり、時には恋バナなんかをしたりして、充実した青春を送った。
「お、いいね。久しぶりに会いたいと思っていたところだよ」
「お花見いいじゃん。やば、今から楽しみー!」
田舎に住んでいた私たちは都会というものへ憧れを抱いていた。
──大学生になったら都会で一人暮らしをする!
そう決意した私たちは、勉強には手を抜かなかった。
それぞれが得意な科目を教えあったりして、志望大学合格を目指して勉学に励んでいた。
「よかったあ。話したいことがあってさ。どうしてもみんなと顔を合わせたかったんだよね」
私たちは都会の大学を卒業して、そのままそこで就職をした。
地元が嫌いなわけではないが、都会で暮らす便利さを知ってしまうと、田舎へ戻るのはそれなりに覚悟がいることなのだ。
「美咲も大丈夫かな?」
社会人になっても幼馴染の交流は続いていた。
さすがに学生の時のような頻度では顔を合わせることはできなくなっていたが、それでも半年に二、三回の頻度で会うようにしていた。
「いや、もう三人で盛り上がってるじゃん。私はまだ返事をしてなかったのにさ」
いつからだろうか。
仲良し幼馴染四人組に亀裂が入るようになったのは──。
「私が実家住みなの忘れてない? 花見ってどこでやるつもりか知らないけどさ、どうせ私がみんなに合わせてそっちまで行かなきゃいけないんだよね?」
いま思い返せば、気まずい空気が流れ始めたのは大学受験のときからだったような気がする。
私を含めた三人は志望大学に合格したが、美咲だけは滑り止めを含めた全ての大学に落ちてしまった。
てっきり浪人をするのかと思っていた。しかし、美咲は現役合格を諦めなかった。
──絶対にみんなと一緒に大学生活を始めたいから!
美咲はそう鼻息荒く言っていた。
どこでもいいからと、受験可能な大学を探して試験を受けた。
そんな美咲が合格したのは通信制の大学だった。
美咲の都会での一人暮らしという願いは叶わなかった。通信なら一人暮らしは必要ないと、実家で大学生活をはじめることになったのだ。
「ごめんね。いまは勉強が忙しいのかな? だったらお花見じゃなくてもいいからさ、少し時期をずらして私たちが地元へ行こうかな」
花見を提案した幼馴染がそう書きこんだ。
「それもいいかもね。ひさしぶりに親孝行しに帰ろうかなー」
「私も! ばあちゃんが寂しがっているらしいし」
すかさず私ともう一人の幼馴染が続けて書き込む。
「なにそれ。私が働いてなくてお金がないからそっちに行く交通費がないとでも思ってる? それはどうもありがとう。でも大丈夫だから。みんなはお仕事で忙しいだろうし、私がそっちへ行ってあげる」
美咲の言葉にはどうにもトゲがあるように感じる。ここ最近はいつもこうだった。
美咲は現在大学七年生だ。
医学部や薬学部というわけではない。院に進学したわけでもない。
四年制大学の学部生として七年も大学に在籍していれば、心に余裕はないだろう。
焦る気持ちを察することはできる。青春を共に過ごした大切な幼馴染だからこそ、嫌な物言いをされても多少の我慢はできる。
とはいえ、美咲のひねくれ具合には少々うんざりしてきてはいた。
「美咲がこっちに来てくれるならすごく嬉しいな! じゃあ来月の三週目の週末はどうかな? みんなでうちに泊まってよ。良いお花見スポットが近所にあるんだ」
「私はそれで大丈夫だよ。泊まりは久しぶりだから楽しみだな。……でも三週目って、桜は咲いているのかな?」
私が美咲に対して嫌な気持ちになっているなか、幼馴染たちは華麗にスルーしながらやり取りを続けている。
私も大人にならなくてはと思い、慌てて書きこんだ。
「私も平気だよ。むしろ散る心配したほうがいいんじゃないかな?」
「いやいや、三週目だよ? まだ散る心配はしなくて平気だって」
「え、そうだっけか。ちょっと待って、本当だ。いま気象庁のホームページ見たんだけど、咲く心配をしたほうが正しいかも」
私がそんな書きこみをすると、美咲が嫌味ったらしい言葉を並べはじめた。
「気象庁とか(笑)もしかして頭が良いアピールのつもり? 桜の咲く時期なんて調べなくても毎年のことなんだからわかるでしょ」
桜の開花時期を調べるために気象庁のホームページを見ることのどこが頭の良いアピールになるのか。そんなツッコミをしたい気持ちをぐっと抑え込んで、私は幼馴染たちとのやりとりを淡々と続けた。
だが、私は美咲に少しでも言い返さなかったことを、ほんの少しだけ後悔することになる。
このときの花見以来、私は美咲とは会っていない。
実家は近いし、地元に帰れば顔を合わせることくらいあるかも知れないと思っていたが、もう何年も姿を見かけていない。
花見の日。
幼馴染の一人が結婚することを報告してきた。
そういえば話したいことがあると言っていたなと、私が微笑ましい気持ちで話に耳を傾けていると、美咲がいきなり大きな声で叫んだ。
「──っずるい!」
私は美咲のその言葉を、すぐには理解できなかった。
訳がわからなかった。私がぽかんと口を開けていると、美咲は立ち上がり顔を歪めて叫び続けた。
「志望校に合格してずるい」
「一人暮らしができてずるい」
「都会で学生生活を送れてずるい」
「一流企業に就職できてずるい」
「彼氏ができてずるい」
「私より先に結婚するなんてずるい」
美咲はとにかく私たちはずるいのだと言っていた。
このとき、私たちはいつものように美咲の言うことをあっさりと受け流した。美咲の物言いにはすっかり慣れてしまっていたのだ。
「そんな大声ださないで。ほら、落ち着いてごはんを食べようよ。せっかく早起きしてみんなでつくったんだからさ」
「いやいや、それよりもお酒だよ。こっちの日本酒もあけちゃう?」
「いいねいいね、飲みたーい! 旦那との馴れ初めを聞かせろこのヤロウ」
三人できゃっきゃと話をしていると、美咲はそのままどこかへ行ってしまった。
私が美咲の姿を見たのは、それが最後だった。
その日の夜。
美咲はSNSのグループに私たちとは絶縁すると書き込んでからアカウントを削除してしまった。
物心ついた頃からの友達だ。悲しいような気もするけれど、妙に清々しい気持ちになっていたことを覚えている。
中高生の頃なら立ち去る美咲を追いかけていたかもしれない。
だが、二十代の半ばにもなってずるいずるいと駄々をこねられても、馬鹿馬鹿しくて相手になんてできなかった。
桜の時期になるとふと思い出してしまう。
あの日、桜は満開だった。
大切な幼馴染の結婚という人生の大きな決断を報告された喜ばしい記憶だけを胸に刻んでおきたい。
だというのに、満開の桜を見るとずるいと叫んでいた醜い顔を思い出してしまう。
出勤するために自宅から最寄りの駅へ向かう途中、今年も綺麗に花を咲かせている川沿いの桜並木を眺めながら私はつぶやいた。
「……桜なんて、咲かなければいいのに」
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