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プロローグ
「詩織、紹介するよ。こちら僕の彼女の響子だよ。近いうちに結婚しようと思ってるんだ」
それは突然の出来事だった。
“あの人”は、ある日何の前触れもなく、私のもとに彼女を連れてきた。
目の前で2人は仲睦まじく見つめ合う。
第三者が見れば微笑ましい光景そのものだろう。
だけど私の心は急速に冷えていく。
ギュッと心臓を掴まれたように苦しい。
微かに震え出した手をギュッと握りしめた。
「実はもう4年も付き合ってるんだ。お互いいい歳だしそろそろと思ってね」
「悠くんに、ずっと詩織さんに会ってみたいって言ってたんだけどなかなか紹介してくれなくて。だから今日会えて本当に嬉しい!これからぜひ仲良くしてくださいね!」
「2人は歳が近いし、詩織も響子となら話しやすいと思うよ」
“あの人”はいつもの穏やかで優しい笑顔を浮かべる。
その横で彼女も明るくハツラツとした笑顔だ。
話しぶりからもフレンドリーさが窺え、少しの会話だけで彼女の人柄の良さが伝わってきた。
なにせ”あの人”が選んだ人なのだ。
きっと良い人なんだろうと思う。
でも………
なんで”あの人”の隣が私じゃないんだろう。
なんで”あの人”の笑顔は私だけのモノじゃないんだろう。
なんで”あの人”の特別に私はなれないんだろう。
……そんなの分かってるくせに。
何年も何年も堂々巡りの心の問い。
その答えを私は初めから知っている。
いつかはこんな日が来るって分かってた。
覚悟はしていたつもりだけど、それでもいざ訪れるとそれは想像以上の苦しさだ。
「詩織にはぜひ結婚式に参加して欲しいんだ。今度招待状を送るからね」
「詩織さんはアパレル勤務だって聞いたから、ぜひドレス選びの相談にものってもらえると嬉しいな!」
私の心の葛藤なんて知る由もない2人は満面の笑みで結婚式の出席を求めてきた。
その場面を考えるだけで心が震える。
だけど出席はきっと避けられない。
私はその時どんな顔をしているんだろう。
「詩織?」
「詩織さん?」
押し黙っている私の様子をさすがにおかしいと思ったのか、2人が首を傾げた。
その仕草がそっくりで。
余計に胸が痛い。
痛みを押し隠しながら、私は渾身の力で笑顔を作って口を開く。
「…………おめでとう。お兄ちゃん」
祝福の言葉に2人は嬉しそうに頬を緩めた。
……なんで”あの人”は私の実兄なんだろう。
27年間繰り返し思ったその問いを、私は心の中でもう一度つぶやいた。
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