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はじまり
はじまり
「今日も冷えるねぇ」
髪の毛が抜け落ちて寂しくなってしまった頭をなでながら、ベッドの上で幸治はつぶやく。
窓の外には葉のない桜の木がみえる。
「でももうすぐ桜も咲きますよ」
と紅葉が元気づけるように言った。窓の外の桜の木には、つぼみが今か今かと春を待っている。
3月中旬、もうすぐ開花の時期だ。
「私に春、くるかねぇ」
幸治は寂しそうに言った。
彼は中津川幸治。有名な作家である。彼の小説は恋愛からミステリーまで多くの作品があり、どれも人気作となっている。
「大丈夫ですよ。医師もこのままいけば退院できるっておっしゃってましたし」
彼女は垣根紅葉。幸治の担当編集者である。まだ若いが、しっかりしていて、幸治はとても頼りにしている。
幸治と紅葉が話していると、
「あの〜……こんにちは……」
と男性にしては少し高めの声がした。2人が入口の方を振り返ると、点滴をつけ、病院のパジャマを着た1人の若い男性が立っていた。顔をこわばらせて緊張ぎみなのが分かる。
「どちら様?面会や取材は許可してないけれど……」
と紅葉が渋い顔をした。
「あ、すみません。僕、この病院で入院しています、春本藍と申します。中津川先生もこの病院に入院されていると聞いて、いてもたってもいられなくなって……」
と藍は説明した。
「読者の方ですか。悪いけど先生は体調が良くなくて……」
「まあまあ。よく来てくれた。さぁ入ってくれ」
紅葉の言葉を遮って幸治が手招きした。
「お、お邪魔します……」
藍は点滴をゴロゴロ引っ張って、ゆっくりと部屋に入ってきた。
「先生!」
紅葉は少し怒った顔をした。
「わぁ!本当に中津川先生だ!会えて光栄です。僕、先生の小説全部読んでいて……い、一度会ってみたくて……ファンレターも送ったことあって……」
藍は緊張しながらも興奮して話はじめた。
「そうか!きみは若そうだし、たぶんきみが生まれる前の小説もあったはずだが」
幸治はびっくりした顔できいた。
「もちろん全部買って読みました!最高でした。特に2作目の……」
「ほうほう……」
「それであの場面が……」
「あの話の裏話というか、設定なんだがね……」
「僕も小説書いてて……」
と話が盛り上がった。
紅葉はやれやれと2人を眺めている。
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