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結末はない
『時と猫とあなたと』は人気を博した。中津川先生の最後の小説として、売れ行きも上々だ。誰もがこれで満足していた。しかし事件は起こった。
小説が発売されてから1か月後のある土曜日、藍が家で小説を書いていると、紅葉から電話がかかってきた。
「はい、春本で……」
「ニュースみて!」
いい終わる前に紅葉の慌てた声が聞こえる。
「ニュース……ちょっと待ってくださいね」
藍はテレビをつける。普段あんまりつけないからか、テレビは映像が映るまでに時間がかかった。つけるとすぐにニュースがやっている番組に切り替える。
『中津川幸治の話題作が他人によって書かれていた?』
画面の上部に書いてある文字が目にとびこんでくる。
「え……」
目を見張る。
「中津川先生の最期の作品『時と猫とあなたと』の下巻、まさか先生ご本人が書かれたものではなかったとはね……」
「結末だけらしいですよ。ネットでも話題になってましたが、先生らしい終わり方ではないと気づく人はいましたね」
ニュースキャスターたちがいろいろと話している声がテレビからながれてくる。
「これはどういう……」
「原因は中津川先生の息子よ。どうやらネットに公開したらしいの。中津川幸治先生の最後の小説は、他人によって書かれたって。幸い、あなたの名前はでてないわ」
紅葉が説明してくれる。
「なんでそんなことを……」
「彼は『他人が書いたものなのに父の小説といって有名になるのはおかしい、他人より身内の自分が書くべきだったのに』とも書いてるわ。でも彼は小説なんて書いたことないのよ。だから中津川先生も頼まなかった。それであなたが書いたものが話題になって嫉妬しているのよ」
紅葉の大きなため息が聞こえてくる。
「ネットは賛否両論で大変……とりあえず出版社は午後から記者会見よ。それであなたにも知らせなくちゃと思って。あなたの今後のためにあなたの名前は出さないけどいいわね?」
「は、はい。ありがとうございます……それで僕にできることは?」
「何もないわ。ごめんなさい、こんなことになって。もっと周りに気を配るべきだった」
「い、いえ!」
「それで近いうちに会ってお詫びをさせてちょうだい。また日時は決めましょう」
「はい、なんかすみません……」
「謝らないでね。こちらが迷惑かけちゃったんだから」
電話を切った後、藍は考えた。小説のこと、自分の書いた文章のこと、そして今後の執筆活動のこと……
「うん、大丈夫」
藍は頷くと小説の続きを書き始めた。
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