私と彼女の物語

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私と彼女の物語

 次の日の朝、紅葉から連絡がきていた。談話室にきてほしいと。  藍は指示された時間に病院の談話室へ向かった。 紅葉はもう来ていた。険しい顔つきをしているが、泣いたのか、目が少し赤くなっている。 「お、おはようございます……」 藍がおそるおそる挨拶をした。 「おはよう。突然呼び出してごめんなさいね。実は……中津川先生、亡くなったの」 「えっ!き、昨日あんなにお元気そうで……」 「夜中に急に体調が悪化して……先生のご家族が私にも連絡くださって……私が駆けつけたら、先生に『いろいろありがとう。あとは頼んだ』って言われたわ」 紅葉は泣きそうな顔になったが、すぐに険しい顔つきに戻った。 「先生があなたが帰ったあと、編集長に電話していろいろ話をしていたわ。許可するって私にも連絡がきたの。先生も亡くなってしまったし……遺言よ。あなた、ちゃんと最終章書きなさい」 紅葉は厳しく言った。  藍は未だに幸治が亡くなったことに実感が持てていなかった。 「……中津川先生が……」 しばらくしてやっと実感してきた藍は涙を流した。 「……明日辺りにはメディアにも先生が亡くなったことが伝えられるはず。でもあなたとのことはふせてあるの。本当は伝えるべきなのだけれど、混乱を起こしちゃいけないと編集長の判断で『時と猫とあなたと』の下巻は今のところ何の発表もなしと報道してもらうわ」 紅葉は淡々と説明を続ける。  しばらく沈黙が続いた。たまに藍が鼻をすする音が部屋に響く。 「……すみません」 藍が口をひらいた。紅葉は続きの言葉を待つ。 「……僕には無理です」 藍はなんとか言葉を振り絞って言う。 「辛いのは分かるけど、先生はあなたに頼んだの。読者には悪いけど未完成、つまり上巻で終わらせることもできたのよ。先生も諦めかけてたわ」  紅葉はちょっと考えてから続きを話し始める。 「……でも運命なのかしらね。あなたに出会った。先生の小説を全部読み、小説書くのが好きなあなたに……私も本当は先生に書いてほしかったから反対したけれど……編集長も許可したし、先生も嬉しそうだったし……先生の願いなら私は何も言わない……あなたの小説は読んだことはないし、ちょっとしかあなたと話してないけど……先生のファンなんですもの。あんなに熱く先生と語ったんですもの。……今はあなたに書いてほしいと思ってる。仕事だからとかじゃないわよ。ただ、先生が好きで先生のために泣いてくれるあなたに書いてほしいの」 紅葉も黙ってしまった。  藍はしばらく何も言わなかった。そして思い切ったように言った。 「……書きます。先生のためなら。垣根さんの気持ちも分かりました。精一杯頑張ります。自信ないけど……」 「自信なんてなくていいの。先生が信じたあなたの言葉で書いて」 紅葉は赤い目をこすってやっとにっこり笑った。
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