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藍は自分の病室に戻り、パソコンを開いた。USBを読み込ませ、中を読む。
上巻は発売されているため、もちろん藍は買っている。USBには下巻の最終章までの文章が書かれていた。『最終章:選んだ道』と書かれて文章は途切れている。
『時と猫とあなたと』この小説のストーリーはこうだ。
真っ白い猫に導かれるようにして、主人公の女性、サクラは1年前にタイムスリップしてしまった。そこで彼女は事故で亡くなった恋人、ミノルと再会する。事故まで2週間、サクラは彼を助けようとするストーリーだ。これが上巻の内容。このまま幸せな展開が続くと思われていた。しかし、下巻の書かれていた内容を読んだ藍は衝撃を受けた。
実は亡くなったミノルが天使に頼み、サクラを自身が生きている時へと時間を巻き戻したと下巻の最初の方で判明した。天使は白猫の姿でサクラをミノルの元へ連れてきたのだ。天界でミノルはサクラが2年後、つまり現在の1年後、病気で亡くなることを天使に教えられた。なんとかそれをサクラに伝えたい、彼女を助けたいと思ったミノルは天使に頼んで時間を巻き戻した。
ミノルがサクラの前にいることができるのは2週間だけ。それをすぎると天使が迎えにくるという契約だ。時間を巻き戻した代償として、ミノルの存在がこの世界から消えてしまい、誰の記憶にも残らないと伝えられた。それでもミノルはサクラを救いたかった。
もう一度サクラに会えた喜びでミノルは悲しい運命を彼女に伝えることが出来なかった。しかし、時間ギリギリでようやくサクラの病気を伝えることに成功する。サクラに生きてほしい。それがミノルの思いだった。
最終章でミノルは光に消えてしまった。きっと彼の存在は周囲の者の記憶には残っていないだろう。たとえ彼の家族であっても。しかし彼女だけは愛したミノルのことを忘れなかった。そして彼女は選択を迫られる。
今なら早期発見で治療すれば助かるが、ミノルとは2度と会えない。治療しなければ亡くなるが、天界でミノルと過ごすことができる。
答えを選ぶ前まで書かれている。つまり、藍がどちらかを選択しなければならないのだ。そしてその後も書かなければならない。
「どうしよう……僕の考えで書いちゃってもいいって言われたけど…読者は違う考えかもしれない……先生はどうしたかったのかな……」
文字をうてない。続きが書けない。いきなり書けというのが無理なのだ。
藍はパソコンをとじ、寝転んで続きをどう書くべきか考える。
「あれー?なんか真剣な顔してるね。いつものほほんとしてるのにさー」
しばらくして突然声がした。藍は驚いて起き上がった。
「よっ!お見舞いにきたよー」
見慣れた女性の顔があった。夏美曽良。藍の幼馴染だ。たまにこうやってお見舞いにきてくれる。
「パソコン出してるじゃん、何してるの?」
曽良が不思議そうに聞いてくる。
『小説のことは内緒に』
紅葉にそう言われた。
「ちょっと春休みの課題。レポートを……」
「珍しいね、まだ終わってなかったの?いつもはもう終わってるでしょ?」
曽良が驚いた。2人は今年で21歳。同じ大学に通う幼馴染だ。4月から大学3年生になる。藍は手術を控えており、始業式までには退院する予定である。
「ま、まぁちょっとね……」
藍はごまかした。
その時、コンコンとノックの音がした。
「どうぞー」と藍が声をかける。
ガラガラと引き戸があき、知らない男性が現れた。その人はお辞儀をすると、「失礼します」と言って入ってきた。
「きみが春本藍くんだね?話は紅葉ちゃんから聞いてるよ。」
藍は一瞬頭の中がハテナマークでいっぱいになったが、紅葉ちゃんというのが、中津川幸治先生の担当編集者、垣根紅葉のことだと理解した。
「か、垣根さんのお知り合いの方ですか?」
藍はベッドから降りながら言った。人見知りの彼は人と話すことに緊張してしまう。
それでなぜ紅葉の知り合いが自分のもとに?
「あぁ失礼。俺は中津川幸人。中津川幸治の息子だよ」
と彼は名乗った。
「えっ!」
と藍は驚いたが、一緒に話を聞いていた曽良は何も分からないといった顔をしている。
「と、とりあえず談話室へ行きましょう……曽良はここで待ってて」
「えー……まぁいいか、いってらっしゃい!」
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