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「サクラ、大事な話があるんだ」
「なあにミノル」
サクラがニコニコしながら振り返って答える。ミノルは買い物袋を持つ手に力をこめた。
「……急にごめんね、でももう時間がないんだ。その……実はね、君は2年後病気になる」
サクラは突然の言葉に頭がついていかない様子だ。
「僕が死ぬ前に時間が巻き戻ったのは、僕が天使に頼んだからなんだ。君に病気のことを知らせるために……僕の存在は誰の記憶にも残らないだろう、それでも……」
サクラは言葉を失った。
「今なら治療できる。お願いだ、生きてほしい。幸せになってくれ……」
「待ってミノル、あなたは……!」
「時間だよ」
近くにいた白猫が悲しそうな顔をして言った。そしてミノルの手をとると光とともに消えていってしまった。
「私は……」
小説の内容の夢をみた。肝心の選択の答えが分かる前に目が覚めてしまった。夢で結末を決めようだなんて都合が良すぎる。答えを聞かなくて良かったんだ。藍は自分にそう言い聞かせてベッドの上に起き上がった。
朝ごはんを終え、大学の課題を終わらせると小説の続きを考える。恋人を助けられたと思ったらまた失ってしまったサクラのことを考えると心が痛む。きっとすごく落ち込むだろうな。このまま彼女を恋人の元へ行かせてあげたい……そうしようかな……
コンコンとドアをノックする音。そちらをみると父親が立っていた。そうか今日は土曜日で仕事休みなんだっけ。
「元気か?見舞いだぞ」
父親はクッキーの缶を掲げる。
「父さんありがとう。でもごめん。手術前で食べちゃいけないんだ」
「あちゃーそうだった!悪い悪い。じゃあ手術が終わったら食べてな」
はははと笑って父親は缶を棚にしまう。そしてイスを引き寄せて座ると、鞄から1冊の本を取り出した。
「お前が勧めてくれた本読んだぞ。すごく良い話だな」
『時と猫とあなたと』の上巻だ。藍が今続きを迷っている小説。父親に勧めたことを忘れていた。
「あ、読んでくれたんだ!」
「おう!ミノル君助かって良かったな!」
そうか、サクラの病気やミノルの今後のことは上巻に書かれていないんだっけ。
「ミノル君が悲しそうな顔で『サクラに早く伝えなきゃ』って言って終わってて、続きが気になるんだが。上巻ってことは下巻も発売されるんだろ?」
「う、うん。そのうち発売されるんじゃないかな……」
曖昧に笑って藍は答えた。
「ねぇ父さん……大事な人には生きてほしいものなのかな。サクラがミノルを助けたように」
藍は思い切って父親に聞いてみた。
「そりゃ思うよ。愛する人や大事な家族、生きてほしいし、幸せになってほしいもんだよ」
父親はそう言って藍の頭に手をおいた。
「藍の手術成功してしっかり生きてほしいもんだ。大事な息子だからな」
そう言ってくしゃくしゃと藍の頭をなでる。
「やめてやめて。もうそういう年じゃないから」
照れながらも藍はちょっと嬉しそうだ。
「自分の生命と引き換えにでも藍には生きてほしいな……ちょっと恥ずかしいや、俺もう帰る。手術頑張れよー」
父親は立ち上がって手を上げた。ありがとうと藍がお礼を言うと父親はにこりとして部屋から出ていった。
「やっぱりサクラは生きるべき、かな……」
ちょっと気が楽になって藍はパソコンに向き合う。
「でも曽良の言う通り、愛する人には会いたくなるよな……」
途中で頭を抱えながらも文字を打ち込んでいく。
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