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俺が部屋に戻ると、一枚の紙が机の上に貼られていることに気づく。
「なんだ、これ?」
紙を止めるマスキングテープを無理矢理引きちぎり、紙を手元へ引き寄せる。
そこには、彼女からのメッセージ、有体に言えば遺言が書かれていた。
『私の愛する裕也へ
この手紙を見ているときは、私が自殺しているでしょう
先に言わせてください。ごめんなさい。
貴方の彼女として、もう私はふさわしくない
電話の後、私は言葉通り無理矢理犯されました
どれだけ抵抗しても意味はなく、無惨にやられました
きっとそんな私でも貴方は私を愛してくれるでしょう
でも、私は嫌だった。
彼女として生きていくのに、他人の子を孕むだなんて
私はもう妊娠しています
それが分かっただけで私は死を決意しました
そんな無粋で身勝手な彼女を許してください
そして、彼氏の貴方に再度幸運が訪れるように』
「あは。ははは……」
最高に、彼女らしい。そう思った。
自分と俺を比べ足りないところを探し続ける彼女故、命を捨てたのだろう。
あぁ、そうか。だから彼女はもういないのか。
俺は苦笑を浮かべ、
「なんでなんだよっっっ!!」
右手を添えた机をたたき割る。
破片が右手に刺さり、床に少々の赤色が広がる。
「なんで、なんでなんだよ……」
痛みなんて意識の外に捨てやり、俺は泣きじゃくる。
誰もいない、誰も聞いていない部屋で、男一人の涙の音。
哀しい光景とはこういうことなのだろうか。
俺はポケットから二つ連なった指輪を取り出す。
無駄になってしまった彼女のための指輪。
自分との感情にケリをつけるためにプロポーズを決めた矢先にこれである。
「大切な人を守るのが、こんなに難しいなんてな……」
これから、俺はまた一人になる。
きっとまた数人が近づいてくるだろうが、切り捨てよう。
時は進み、現在。
俺はあの指輪を取り出し、一つを埋める。
俺の両親、姉が眠る墓の下。管理人に許可をもらい掘り起こす。
そして彼女の遺骨を埋めその中に指輪を入れる。
埋め終わると俺は墓の前で手を合わせる。
「――父さん、母さん。俺は人を好きになったら駄目みたいだ
両親も、姉も。家族は命を奪われる。
三人ともに今日見せた彼女だって、もういない。
だから、だから……また、こんど俺もここにくるよ」
いつか、自分自身を愛する日が来たとき。それが俺の死期だろう。
その時までは、彼女の業を背負い生きよう。
余った指輪を己の指にはめ、帰路に着く。
そんな俺の頬に、優しく風が吹く。
頬にぶつかる桜の花びらは風が強くなるごとに増えていった。
「――心配しなくても、俺はまだ生きるさ」
そう言うと、風は止み桜はひらひらと散るだけとなった。
やっぱり俺は、桜が嫌いだ。
桜が彼女を連想させてしまうから。
桜が、俺を心を、満たしてしまうから。
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