【短編】舞桜

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 俺は彼女ほど整理が得意でない。  もっと言えば彼女の能力を過信して整理関連の家事は彼女に任せっきりにしていた。 「その末路なのかもな……」  俺はそう呟く。  自分が彼女をこき使ってしまったがために明花は俺の元を離れていってしまった。  そういう、悲しい末路なのかもしれない。  俺は今までの思考を殴り捨て、その思いだけで作業することにした。  それ以外の現実を、認めたくはなかったから。  玄関回りを整理し、部屋の順序的に次は俺の部屋が荒れているだろう。  そう思い俺は扉に手をかける。  ドアノブはいつもよりも少なく回る。  再度回すも結果は同じ。 「……なんで鍵閉まってるんだ?」  二人ともが家を空けるときように個人の部屋に鍵をかけて置いたが今回の出張の間、彼女は家を空けることはないはず。  なぜ己の部屋に鍵がかかっているのかが全く分からないまま俺は鍵を開ける。  俺の部屋は出張前とほとんど変わりなかった。  ただ一つ、俺の棚に飾っていた模造刀に見せかけた真剣がないこと以外は。  俺は血の気を引かせた。  彼女には危険だから本当に緊急時かつどうしようもない状況じゃない限りは一切これに手を触れるなと重々言ってきた。  彼女もそれを快く受け入れてくれていたはず。  なら、俺たちの家に強盗が入ったとでも言うのだろうか。  ……もう、何もわからない。  俺は自分の部屋の扉を閉め、再度他の部屋の片づけに専念することとした。  リビングに入ると、鼻に着くような臭いをまず察した。  それははるかはるか昔、俺が大けがしたとき……そして己の心を失ったあの時の臭いだった。  無論それを感じては正気で入れる道理などなく。 「め、明花っ!?」  俺はこの部屋に彼女がいると決め込み片付けを放り投げる。  そしてその臭いの強くなる場所へ、モノをかき分け進む。  目も瞑りたくなるような現実を今から、見ることとなるだろう。  こんな臭い、あんなこととならない限りあり得ない。  臭いの一番強いところ、その終着点は、普段使わないような物置。  そしてその付近は赤黒く、濡れていた。  恐る恐る物置の扉に手をかける。  そこには惨たらしく刺された女性の遺体があった。  正確には、俺の彼女の遺体……だった。  昔の俺は邪悪な心なんて知らない純粋な子供だった。  とある一件以前ではそんな純粋な人間だった。  だけど、それはただただ使いやすい道具ともなりえたのだ。  俺の家族は、一人の悪意ある人間によって自分以外死んだ。  父は首をもげるぎりぎりまで切り裂かれ、中の内臓は外に頬りだされる。  母は両目ともにアイスピックが刺され、何十回も何百回も体を刺されていた。  姉は、連れ去られた挙句犯され壊れ、その後ダルマにされ、廻された。  そしてそんな遺体を俺の前に投げてきた張本人は、俺の友達だった。  後から聞いた話曰く、彼は俺が学校で女子運に恵まれていたことが気に食わなかったらしい。  俺はただ男子と話すよりかは女子と話す方が気楽だから女子と絡んでいただけなのに、それが嫉妬の対象となり、家族を殺してしまった。  本当は俺のせいじゃない。これは友達のせい。  そんな現実はわかっていても行きつくのは自責の念だけだった。  俺はその頃から人とほとんど接さず誰からも好かれず嫌われずを貫くこととした。  だけれど、そんな自分の内面を温かく見てくれていた彼女がいた。  それが、明花だった。  家族同然に迎えてくれた彼女を、必死に愛しようとしてきた。  間違い、失敗し、一度や二度と言えぬほどの挫折をして得た己の幸福。  今度こそ失うまい、と彼女を大切にしてきた。  仕事も己の体のことなど知らぬまま働き続けた。  そんな働きづめながらも平凡で平和な毎日を、ただ願っていた。  だが、そんな現実が続くことはなかった。  今、終わりをつげた。  とっくに脈を失い冷たくなった彼女の手を握る。  その冷たさは、雨の傘となった俺の手の暖かさを奪っていくようだった。  俺は、彼女の隣に落ちてある刃物を拾い上げる。  それは、自分が飾っていた刀。  写る指紋は俺のものと、彼女のものだけ。軍手みたいなものの痕跡はついていない。 「……自殺の可能性大、か」  冷静に分析してしまっている自分が嫌だ、と心の中で呟く。  俺は刀を自分の手首に翳し、刃を通し――。  なんて、俺にはできなかった。  手が震え、腕はその場で静止し下がることを知らない。  俺はそれを投げ捨て、立ち上がる。  どうせ、死んだって意味はない。  彼女が今いない世界なんて、どうだっていい。だが、それが俺を見ている人間を見捨てる理由になりえない。 「部屋に籠るか……」  俺はリビングへ戻り、扉を開ける。  荒んだ世界から目を背け、蓋をした。
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