一匹狼が忠犬になるまで

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「じゃあボクはお邪魔だから帰るね!あとは2人で楽しんでー」 俺の家の前に着くと、鼠谷はそう言って歩き出した。 邪魔とか楽しむとか意味が分からないが…まぁいいか。 「鼠谷!ありがとう!」 遠ざかって行く小さな背中に声をかけると、振り返らず片手だけを上げてそのまま走り去って行った。見た目に似合わず男前な奴だよな本当に。 「…猫矢さん、あの人って…?」 「鼠谷雪兎。俺と同じクラスで柔道部の奴だ」 「あの人も3年なんスか…」 「今度また会わせるよ。その時に改めて礼を言うといい」 「…っス」 「さぁ、手当てしてやるから、中に入ってくれ」 言いながら、自分の家の扉を開ける。 「…親とかは…?」 犬童は渋るように視線を泳がせた後、そう訊ねてきた。 「いないよ。一人暮らしだから、何も遠慮しなくていい」 「…お邪魔、します…」 うちは元々母子家庭だったが、母さんは俺が高2に上がってすぐに亡くなってしまい、今は親戚の援助を受けながら暮らしている。 だからこの家には、いつでも俺1人だけだ。 「そこに座っておいてくれ」 リビングのソファに犬童を座らせ、救急箱を取りに行く。 しばらく使ってないから中身がちゃんとあるか心配だったけど、人1人手当てするぐらいは大丈夫そうだった。 リビングへ戻った俺は、犬童の隣に座ってガーゼと消毒液を取り出した。 犬童の顔は傷や痣だらけになってしまっている。せっかく綺麗な顔なのに勿体ないな。 「痛いかもしれないが、我慢な」 ガーゼに消毒液を染み込ませて、傷口に押し当てる。 喧嘩慣れしていると言ってもやはり消毒液が染みる痛みは嫌なのか、犬童の体が少し強張って眉が顰められた。 一つの傷口を消毒したらすぐに絆創膏を貼ってを繰り返し、体のほうにある青痣には湿布を貼って、とりあえずの手当ては完了した。 「これでよし」 「…あざス…」 「…それにしても…どうして大人しく殴られたんだ?こんなになるまで…」 「…あんたと、約束…したから…」 「………」 「それに…あいつらの気が済むまで殴られてやれば、もう絡まれなくなるかなって、思ったんだ…」 「!…」 「そしたら…迷惑かけずにあんたといられるかな…って…」 「犬童…」 俺と一緒にいられるようにするために、あいつらに大人しく殴られたって言うのか…。そんなの… 「…お前は…馬鹿だよ、犬童…」 「…分かってる…」 「お前が傷つくぐらいなら…約束なんてどうだっていい。 俺のために傷つくのはやめてくれ…。俺だってお前と一緒にいたいけど…こんなの…こんなやり方は、俺は嫌だ」 そう言いながら、俺はどうしてか涙が出そうになってしまった。 「っ…あんたも…俺と一緒に…?」 「…ぁあ。今まで…誰かが自分から離れて行ったって、それが嫌だって思ったことはなかった。ただ受け入れるだけで…。 けど…お前には初めて、離れたくないって思ったんだ」 「猫矢、さん…」 「犬童。離れて1人でどうにかしようとしないでくれ。 俺がお前を守るから、一緒にいて欲しい」 しっかりと犬童の目を見てそう告げる。 するとその顔が泣きそうに歪んだ。 「俺…いいんスか…あんたと一緒にいて…」 「今いて欲しいと言った。二度言わせるな」 「…あんたってほんと…変な奴…」 「お前もな」 そう言ってやると犬童は笑ったけれど、その瞳からは光るものが一筋流れていた。 それを見た俺は、自然と犬童の大きな体を抱き締めていた。 すると俺の首筋に鼻先を擦りつけてきて、なんだか犬みたいに見えて可愛いなと思って俺も笑ってしまった。
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