一匹狼が忠犬になるまで

9/12
前へ
/12ページ
次へ
「っ…ぐ…」 腹を蹴りつけられて、耐えきれず座り込んでしまう。 もう何発、拳や蹴りをもらっただろうか。 口の中の血の味と、胃液がせり上がってくる感覚が気持ち悪い。 「おいおい犬童。お前どうしたよ?」 そう言いながら俺を見下ろしてくる男に、自然と舌打ちが出る。 どうやらこいつが、ここら一帯を仕切っているチームのボスらしい。 何度も手下共がやられて、遂に頭が出てきたようだ。 「この間はウチの奴ら返り討ちにしたそうじゃねーか。 それなのに今日は大人しく殴られてよ。頭でも打ったか?」 ムカつく。今すぐブン殴ってやりたい。 けど、ダメだ。あの人と…猫矢さんと約束したんだ。 あの日喧嘩をしたのは、猫矢さんを助けるためだった。だけど今ここでの喧嘩はあの人は関係なく俺だけの問題だ。俺が手を出したら本当に約束を破ることになる。 もう関係は切ったはずなのに律儀に約束を守ろうとして、馬鹿らしいと自分でも思う。それでも俺は、あの人に失望されたくないと思っている。 これまで周りの人間に避けられ続けてきた俺に、あんな風に自分から関わってきて、普通に接してくれた人は初めてだった。 怖がったり嫌悪することなく、俺を異端扱いせずごく普通に話しかけて世話を焼いてくれて…正直に言えば嬉しかった。あの人の隣が心地良かった。 けれどやっぱり俺は、誰かと一緒にいてはいけない人間だ。 あの日、猫矢さんが奴らに捕まったと知って、心底後悔した。 あの人には迷惑をかけたくなかったのに。心のどこかでいつかそういうことが起こるかもしれない、だから一緒にいてはいけないと思っていたのに、それでも一緒にいたいという思いが勝ってしまって離れることができなかった。 その結果がアレだ。猫矢さんは強いから、絡まれたり襲われても自分でどうにかできる。それは俺も分かっている。 けどそんなことは問題じゃない。こういう喧嘩にあの人を巻き込んでしまうことが…迷惑をかけてしまうことが何より嫌なんだ。 時間はかかるかもしれないが、こうやって俺が何も手を出さずにいればそのうちこいつらの興味も無くなって、絡まれないようになるかもしれない。 そしたらまた…一緒にいられるようになるかも…。 そこまで考えて、思わず笑いが溢れてしまった。 こんな時にこんなことを考えるなんて…俺の頭はいつからこんなおめでたくなってしまったんだろうか。 「…なーに笑ってんだ?余裕だなこんな時によォ!」 「うっ…」 再び腹を蹴られ、込み上がってくる吐き気を必死に堪える。 「…チッ、つまんねー奴…。 おい、もういいわ。後はお前らがテキトーにやっちまえ」 「いいんすか蛇川さん」 「よっしゃ!はは、あの犬童にやりたい放題できるなんてなぁ~」 「思いっきりやっちまおうぜ!今までの分全部返してよぉ」 そんなことを言いながら、奴らは角材やら鉄パイプやらを持ち出している。 あれで殴られたらさすがにマズいな…。 でも…抵抗しようにも体に力が入らない。どうやら殴られすぎたか。 まぁいいか。今までやったことが返ってくる、それだけの話、自業自得だ。 武器を担いだ男達が目の前に並ぶのを、俺は朦朧とした意識で見上げた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加