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彼からの言葉
数日後の放課後、仁、楓、心春は校門付近にさしかかる。
校門のところに一人の男性が立っていた。
仁が彼の正体に気づいた。「あれ、城崎幸樹じゃん」と楓に言った。
城崎は三人に気づくと彼らに歩み寄る。
「楓君、少し時間いいかい? 君に話がある」
「楓、俺ら二人、先帰るな」と言うと仁と心春は城崎と楓の元から歩き去った。
いつもの喫茶店に入る二人、城崎が口を開いた。
「いや~、楓君、本当に高校生だったんだね」
「は? 何を言ってるのかわかりませんが」と楓が聞いた。
「君、物凄く、大人びた雰囲気を持ってるからさ。でも今日実際に制服姿見たら、あ~やっぱりピチピチの男子高校生なんだって思ってね」
「もうすぐ、ピチピチの男子高校生じゃなくなりますけどね。そんなことより、ご用件はなんですか?」と楓が城崎に尋ねた。
「まず、楓君、君にお礼を言おうと思って」
「お礼?」
「結月を、彼女を音楽の世界に連れ戻してくれて。君には本当に感謝している。君の奏でる音色で彼女はまた音楽家としての道を再び歩き出そうとしている。本当にありがとう」と城崎は深々と頭を下げた。
「そんな、大げさな……」と戸惑う楓。
「事故の後、僕は傷ついた彼女から離れてしまった。
彼女の苦しみから僕自身も逃げた。僕は後悔した。だから、もう一度彼女と一緒に音楽の道を伴に歩んでいきたい。君と彼女のことを僕は責めようとは思わない。
僕に責める資格はないから。でも、今度は彼女から離れないと決めた。僕が彼女の傍にいる」と城崎が言った。
「それが、結月さんにとって一番だと思います。俺は彼女が幸せならそれでいい。彼女が幸せな音色に包まれていられるのが一番いいと思うから」
「楓君、ありがとう」と城崎が言った。
楓の顔を見ながら城崎が尋ねる。
「君は、この先どうするの?」
「進学します。第一志望の大学には合格してますので。やりたいことは、大学に行ってから見つけようかと思っています。」
「楓君さ、またピアノやってみない? 本気で音楽家目指してみないか?」
城崎の突然の言葉に驚く楓。
「城崎さん、悪い冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ。僕は音楽家として君の才能を認めてるんだよ。君の奏でる音色は、君のピアニストとしての才能は、結月に匹敵するぐらい、いやそれ以上のものかもしれない……と僕は思う」
「そんなこと言われても、今更俺無理ですよ」と楓は言った。
「無理かどうかは、やってみないとわからないし、君が決めることではないんじゃないかな」城崎の言葉が楓の心に突き刺さる。
優しい表情の城崎が真顔に変わった。
「3月1日 11:00 ボストン行き。僕は彼女をボストンに連れて行く。あと1週間、それまでに彼女とお別れをしてほしい」
と城崎は楓に言うと、深々と頭を下げ、喫茶店を出て行った。
喫茶店の古びたカウンターに設置された、
レコードプレーヤーから
『ショパンのノクターン』が静かに流れていた。
その夜、楓の元に心配した仁から連絡が入る。
「城崎さんの用事なんだったの?」
「結月さんをボストンに連れて行くって話」
「それっていつ?」
「1週間後の3月1日 11:00のボストン行きの便」
「楓……それって、卒業式の日じゃないか」
「うん、そう。それまでに結月さんとちゃんとお別れするよ」
と楓は仁に言った。
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