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会いたい
「楓、明日どうするのかな?」と心春が仁に言った。
「さあ、どうするのかね?」と仁が心春に言った。
明日は卒業式。そして、結月がボストンへ
旅立つ日……。
楓のことを心配する二人。
「楓、明日どうするんだよ?」と仁が言った。
「別に、どうもしないよ」といつもの口調で楓が言った。
「どうもしないって」心配そうな顔をする仁。
「俺なら大丈夫だよ。昨日、ちゃんとお別れ
したよ」
「お別れしたのか? 本当にいいのか? これが最後なんだぞ」
「いいんだ。最後……最後に」と楓が黙り込んだ。
学校から帰宅した楓、夕食を済ませると自室へ戻る。仁や心春とラインでやり取りをし、読みかけの本を読む楓、気がつけば、時計は
深夜0:00を回っていた。
ハンガーに掛けた制服を見た楓。
「この制服も最後か」と言うと無言でワイシャツを羽織りズボンを履いた。
ピカッとラインの着信が入る。画面を見た楓は驚いた……。
結月からのメッセージ。
そこには一言だけ・『会いたい』と書かれていた。
楓はスマホを手にとると、部屋の電気を消し、静かに玄関から出ると、深夜の音楽教室までの道のりを走って行く。
息を切らしながら音楽教室に着いた楓。
息をひそめ、裏口のドアに手を掛けるとカチャリとドアが開いた。楓は、寝静まった真っ暗闇の稽古場の廊下を通り二階へ上がると、無言で結月の部屋のドアを開けた。
そこには、結月の姿。
楓は、防音仕様の結月の部屋のドアを閉めると鍵をかけた、部屋の電気を消し無言で結月を抱きしめた。
「楓……」とか細い声で結月が彼の名前を呼んだ。
「どうしたの?」と楓は彼女の頬を両手で包み込んで聞いた。
「楓に……楓に会いたくて、会いたくて……
苦しくて……」と結月が彼に言った。
「俺も、結月さんに……結月に会いたくて……会いたくて……苦しかった」と言うと、楓は結月を彼女のベッドにゆっくりと押し倒す。
二人は、無言でお互いを求め合った。
何度も何度も、互いを求め合った。
楓の腕の中で、結月の甘く切ない吐息が室内に響く。
「大人の恋は切ないって言ったけどら
俺、本当はわかんない……」と楓が聞いた。
「そう、最初から叶わないってわかってるのが大人の恋の特徴かな。ただ、会いたくて、会いたくてたまらなくなる……。公にできないからこそ、会いたくなる」と結月が答える。
「じゃあ、俺は『大人の恋』してるの?」と楓が聞いた。
「そうかもね。でも、君にはやっぱり大人になってほしくないな……」と結月が答えた。
「どうして?」
と結月を見上げる楓の大人びた瞳……。
「君には苦しい想いはしてほしくないから」
と結月は楓の髪を優しくかきあげる。
夜の闇は次第に薄れ、紫色の空に変わって
いく……。
「俺、もう行かなきゃ……」
楓は白いワイシャツを羽織ると手首のボタンを詰める。
シャツの第一ボタンを開けた首元から見える楓の素肌。
白いワイシャツと黒いズボンの後ろ姿。
「カチャ」っとドアを開け、部屋を出て行く楓を結月は無言で見送る。
薄衣姿の結月。
ベッドから起き上がると、その姿にストールを巻き付け2階の窓際に立った。
視線の先には、楓が歩いて行く後ろ姿が見えた。
窓から入る、冷たい早朝の風が頬に当たる。
結月は彼の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
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