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放課後の音楽室
楓・仁・心春は同じクラス。
三人は教室に入ると心春はクラスの女子の中に入る。
彼女は推しのボーイズグループの話に夢中である。
仁も明るく仲間たちの輪の中に入っていくと楽しそうに話を始める。
楓は、窓際の一番後ろの席に座ると、ひとり、読書を始める。
これが、学校生活の一日のはじまり。
お昼休みになってもこの雰囲気は変わらない。
クラス中が笑いと明るい雰囲気で楽しそうな学園生活。
そんなクラスメイトの様子を少し離れた場所から見る楓。
その楓の様子は、十代の男の子にしてはどこか落ち着きをはらっている。
言い換えれば・・十代の男女の中に一人、
年上の男子が混じっているような感じだ。
「楓、今日放課後、俺、職員室に用事あるからさ、少し待っててくれる?」
と仁が楓に言った。
「職員室? お前何かやったのか?」
「ちがうよ。先生から進路の件で呼ばれてさ」
「ふ~ん、わかった。じゃあ、音楽室に
いるよ」
「音楽室?まあ、いい、わかったよ。じゃあ、よろしくな」
「ああ」仁に返事をすると楓は本を読み続けた。
放課後、「楓どこにいるのかな?」と廊下を
歩く心春。
夕暮れがかる廊下には夕陽が差し込んでいる。
廊下の一番端に数人の女子の人だかりを見つけた心春は、その人だかりの方へ歩いて行った。
音楽室の前で、数人の女子が音楽室内を覗いていた。
心春は教室に近づきその人だかりの先にあるものに視線を送った。
そこには、夕陽に照らされながら、黒いグランドピアノを弾く楓の姿が見えた。
「楓君、ピアノ上手だよね」
「って言うか。マジで絵になってるというか
カッコイイっていうか。あの横顔」
制服のジャケットを脱ぎ、白いワイシャツを肘までまくり上げ白い鍵盤の上を流れるように細く長い指を動かす楓。動かした指からはじき出される音色は美しかった。
思わず誰もが立ち止まり見入ってしまう
その光景。
心春も数人の女子達に交じるとピアノの音色と楓の姿に熱い視線を送っていた。
ピアノの音が止まった。廊下から音楽室内を覗いている。
女子達に気がついた楓、その中に心春を見つけるとピアノの前から立ち上がり入り口の所までゆっくりと歩いて来た。
「心春、何してるの?」と楓が言った。
「仁を探してるの。楓知らない?」
「ああ、仁なら職員室だよ。だから俺、ここで待ってるの」
「そうなんだ」と心春が言った。
「相田君、ピアノ上手なんだね~」と一人の
女子が言った。
「ありがとう」と少し照れたように楓が言った。
「相田君がピアノ弾くなんて、やってたの?
ピアノ」
「うん。小学校から中学まで習ってたんだ。
今は趣味程度でたまに弾くくらいかな」
「すごく、よかったよ。また聴かせてね」と言うと数人の女子はその場を後にした。
「楓のピアノを久ぶりに聞いた。やっぱり素敵だな」と心春が言った。
「そうか? でも、心春はいつも俺が弾く
ピアノいいって褒めてくれたもんな」
「だって、楓の弾くピアノ、本当に音色が綺麗なんだよ」
「ありがとう。心春」そう言うと楓はニッコリと微笑んだ。
「何、何~楓、心春ばっか褒めんなよ。俺も言ったじゃん、楓の弾くピアノは最高だって!」と仁の声がした。
二人が振り向くと、そこには仁が立っていた。
「仁、職員室の用事終わったのか?」
「ああ、少しもめたけどな。終わったよ」
「もめた?」
「たいしたことはないよ……それより、楓 俺も久しぶりに聴きたいな」
「何を?」
「楓の弾くピアノ……」と仁が言った。
「私も聴きたい」と心春も言った。
「仕方ないな」と言うと、楓はグランドピアノの前の長椅子に腰掛ける。
左には仁、真ん中に楓、そして右には心春。
細く長い楓の指から奏でられる音色に二人は酔いしれる。
「やっぱ楓のピアノはいいな」と仁が言う。
「そうか?ありがとう」
「うん、私、この曲好き」と心春が言った。
「俺も好きこの曲」
「仁、この曲の題名知ってるの?」と楓が聞いた。
「う~ん。知らない。けど、好き」と仁が笑いながら言った。
「ショパン。ショパンの『別れの曲』だよ」と楓が言う。
「あ~それそれ」仁は立ちあがると楓に指を
指して言った。
ピアノを弾きながら仁をを見上げる楓が優しく微笑む。
心春は楓の隣で彼が奏でる音色を目を閉じて聴き入る。
放課後の音楽室。
夕陽が差し込む音楽室からは、美しく優しいピアノの音色が音楽室周辺に響き渡っていた。
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