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朝のリハビリ
「おはようございまーす……」
8時半の出勤時刻に合わせて人が集まってきた。作業療法士の森内(もりうち)さんと、言語聴覚士の澤田(さわだ)さんだ。森内さんは肉付きは普通だが身長が190センチほどもある20代後半の男性で、少し細い目に前髪が長いショートヘアをしている。澤田さんはメガネをかけたぽっちゃりした短髪の男性で、才華さんたちと同世代だ。高齢者の歯の衛生を管理したり、脳の障害でしゃべりづらくなった患者さんに言葉のリハビリをする。
「じゃあ、朝のミーティングを始めますね」
続いて、看護師や介護士など、各職種の管理職で行うミーティングから戻ってきた理学療法士の今井さんがミーティングを始めた。彼女が今のリハビリ科のリーダーだ。今年30歳になる女性で、色白の肌にぱっちりした大きい目をした可愛らしい雰囲気の女性だ。
「えー、昨日の夜勤帯で具合が悪くなった人は特にいません。今日は入所者の岡田(おかだ)さん、橋本(はしもと)さんは通院があるのでリハビリはお休みです。以上。では今日もよろしくお願いします」
今井さんが淡々とミーティングを済ませた。
「お願いします」
残りのリハビリスタッフも続いてあいさつした。
ミーティングを終えると朝の集団リハビリの時間となる。私たちは施設の2階に行って対象となっている患者さんに声をかけて回った。
「おはようございます。相川(あいかわ)さん、伊藤(いとう)さん、加賀谷(かがや)さん、リハビリの時間です。それに佐々木(ささき)さんに高木(たかぎ)さん、新井田(にいだ)さんも。リハビリ室に行きましょう。山本(やまもと)さん……はまだ朝ご飯を食べているところですね。またあとで迎えに来ます」
名簿を見ながら漏れがないように、患者を2階の居室フロアからリハビリ室のある1階までエレベーターで降ろす。元気な人は車いすを足でスイスイとこぎながら付いてきてくれ、認知症などで自分で車いすをこげない患者はスタッフが押す。リハビリ室には15名ほどの患者がやってきて、横1列に並んでもらった。次に1~2キロほどの足に巻くタイプの重りを全員に付け、準備は完了だ。
「では今日も朝の体操をしますね。まずはもも上げからいきます。みなさんも20まで、一緒に数えてくださいね。せーの! いーち、にーい、さーん……」
私は患者たちの前に座って数を数かぞえながら右と左のももを交互に上げた。患者たちも声は小さいものの数をかぞえ、動作をまねしてくれる。ほかのスタッフは車いすから転げ落ちそうになる人がいないか目を凝らし、運動についてこれない患者には声をかける。
「次は、座ったまま膝を伸ばします。太ももの前にある筋肉のトレーニングです。これも20まで。せーの! いーち、にーい、さーん……」
こんな調子で足の筋力トレーニングをいくつか行い、重りを外した。
「あー、重たかったわあ。これ何キロあるの?」
重りを外していると相川さんに声をかけられた。軽い認知症のある80代の女性だ。体操をすると毎回このセリフを言われる。
「これは1キロです。お砂糖一袋分ですね」
私もいつも同じ調子で答える。
「ふーん、砂糖一袋かあ……」
彼女が砂糖に思いを巡らせている間にすべての重りを回収し、次は50センチくらいの長さの軽くて細い棒を渡した。
「次はこの棒を両手で持ちます。肩幅で持ってくださいね。両手をグーッと一番上まで上げますよ! 肩の運動と、背中も伸びます。ゆっくり体を伸ばしましょうね。これは10まで。いきますよー! はいせーの、いーーーち、にーーーい、さーーーん……」
「次は棒を前に突き出し、身体を左右にひねります。せーの!」
体操をひと通り終えるとこちらも少し汗をかく。患者たちはひと休みしたら、室内の手すりをつかまって立ち上がる練習をする。車いすから立ち上がれなくなってしまうと、いよいよトイレなどにも移れずオムツ生活となってしまうのでこの訓練は重要だ。それが終わるとまたひと休みして、血圧の高い患者は血圧を測ったり、めまいのある患者に声をかけたりする。そして最後に歩行練習だ。これは転倒のリスクがあるので、スタッフがひとりひとり患者に付き添って行う。平行棒という平行に並んだ2本の手すりの間を歩いたり、歩行器や杖を使って歩く。どの道具を使うかは事前にリハビリスタッフが評価をして決めている。杖だとバランスを崩してしまうという患者には車輪付きの歩行器を使ってもらい、スタスタと歩けるがスピードがつきすぎて自分で制御できないという患者には車輪のつかない歩行器や杖が適している。片麻痺(脳卒中により脳の一部分が壊死し、身体の半分が動かしづらくなること)の患者はそもそも片手が使えないので両手でつかむ歩行器は使えない。手すりか杖歩行となる。杖にも1本杖と、先が広く4点で地面を支えられる、より安定した四点杖というものがあり、どれを使うかもまた評価が必要だ。
歩行練習が済むと、まだ余力のある人にはパズルなどの認知課題をしてもらい、もう疲れたという人は居室まで送っていく。これで団体のリハビリは終了だ。
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