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片マヒのおじいさん
次にやってきたのは片(かた)麻痺(まひ)のある70代の男性、柴田さんだ。しらが頭でメガネをかけた、小柄なおじいさんだ。脳卒中の後遺症で左の手足の麻痺はあるものの、右手で杖を持って一人で歩ける。
「よう佐藤ちゃん、よろしく!」
デイサービスで来る人たちは身体の障害は重い人はいるが、まだ家族と暮らしているためか全体的に気持ちも明るくて活気がある人が多い。中でもこの柴田さんはデイサービスでいちばんおしゃべりだ。
「じゃあ、横になってください。いつも通り関節を動かしますね」
先ほどの黒川さんと同様、麻痺のある左側の手足の関節を動かして、筋肉をストレッチしていく。
「佐藤ちゃん、最近どうだい?」
柴田さんがベッドに横になって言った。
「どうって、何もないですよ。毎日仕事して、帰って軽くご飯を作って食べたら寝るだけです」
「そうかあ。佐藤ちゃんはまだ独身だもんなあ」
「柴田さんはどうですか。健康的に過ごしてますか?」
「俺はかあちゃんがうるさいから、ご飯も満足に食べれないし、甘いものも禁止。相変わらずつまんない生活してるんだよ」彼がそう言って笑った。柴田さんは糖尿病もあるので、食事制限をしている。
「奥様がきちんとお食事を管理してくれてるんですね。素晴らしい奥様じゃないですか」
「素晴らしくないよお。この間、死ぬ前に高―い牛肉でも腹いっぱい食べたいって言ったら、そんなことしたら病気が悪化してすぐ死んじまうだろう! それにどこにそんな金があるんだ! ってすごい怒られたんだよお」
「そうなんですか。奥様は柴田さんに長生きしてほしいと思ってるんですね。いい夫婦じゃないですか」
「お小遣いもくれないしよお。娘が孫を連れて遊びに来たときはいーっぱいお金渡すのに」
「そうなんですね。柴田さんはお小遣いで何が欲しいんですか?」
「え? うーーん、本かなあ。時代小説」
「時代小説が好きなんですか。確かに本だって1冊2千円近くしますからね。結構高いですよね」
「いや、ブックオフでいいんだけどよお」
「そうなんですか。ブックオフなら安いですよね」
「うん。文庫だと1冊百円とかだろお」
「百円の本でいいんですか? 柴田さんって、すごく謙虚なんですね」私が笑った。
「昔はきれいなお姉ちゃんのいる店でお金使ったこともあったけどよお」
「はいはい。男の人は好きですもんね」
「この身体になっちゃあ、もう行こうったって行けねえなあ。わっはっは」
麻痺のある体を動かし終わると、ベッドから起きて一緒に階段を昇りに行き、1階から2階まで行って戻ってきた。彼は一人で歩けるので、リハビリではより難しい階段昇降などの練習をしている。
こんな調子で午前中にデイサービスで来る患者を毎日3~5人ほどリハビリする。そして午前中のリハビリの記録を書き、簡単なミーティングを経て昼休みとなった。
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