一章 始動

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一章 始動

(一)    それは、廉崎(れんざき)将己(まさみ)が三十歳を迎えた年の春のこと。  まるで新芽のような初々しい若者たちに混じって、年の離れた一人の男が、警視庁・組織犯罪対策部にやって来た。  男は、四月上旬――この麗らかな花見日和には、(およ)そ似つかわしくない空気を(まと)っていた。 「あー……捜査一課(ソウイチ)から来ました、冴場(さえば)龍二(りゅうじ)です。以後よろしく」  掛けていた黒のサングラスを頭上に押し上げたことで、覗いた凛々しい瞳。  二つのそれから放たれる、野心剥き出しのギラギラとした眼差しに、廉崎をはじめ一課の一同は揃って僅かに後ずさった。  ちなみに正しくは、廉崎たち先輩刑事の背後。そこから様子を窺っていた後輩刑事たちに、「ヒッ」という悲鳴と共にジャケットを引っ張られたカタチだ。 「あの人、絶対元暴走族ですよ。だって僕、『夜露死苦』っていう漢字が見えましたもん」  後輩の一人・野口(のぐち)が小刻みに震えながら、廉崎に耳打ちする。  ただでさえ白く血色のない顔が、まるで病人のように青白くなっている。  廉崎はそんな野口に屈託のない笑みを向けた。 「聞いただけでそんなことわかるのかよ。すげえなあ、流石は学士様だ」 「レンさん……」  途端、先程の顔色の悪さが嘘のように、瞳を潤ませて頬を朱に染め、祈りのポーズをとった野口。 
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