晦ます地底湖の道 Ⅱ

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晦ます地底湖の道 Ⅱ

 __このにおい……。  雑音が徐々に大きくなっていく。それに比例して、風がこちらに向かって吹き付けてくる。いつのまにか衣服が濡れてきたではないか。そしてなにより、このにおい__。  地底湖のあたりでしていたにおいに似ている。 「……水?」  無意識に口から出ていた言葉だ。すかさず背後から、感心した声を子響が上げる。 「そういった識別はおできになるか。__まあ、それに近いですね」  細い道の終点から別の空間へと踏み入った途端、轟音によってロンフォールは立ちすくんだ。  音源をさぐる暇もなく、夥しい水しぶきが吹き付けるように襲い掛かってくるのだ。咄嗟に腕で顔を覆った。 「瀑布です」  子響が肩に手をおいて顎をしゃくって示すので、ロンフォールはそちらを__水しぶきが飛んでくる風上を、腕越しに見た。  巨大な水の流れが、上から下に向かって途切れることなく落ちてくる。その幅はこの場にいる3人が両手を広げても合わせても足りないほど。まるで柱のようにも思える幅がある。  水が落ちる天井を見ると、ぽっかりと丸く穴が開いていた。水しぶきに隠れるその穴を注意深く見てみると、その先には木々の枝が見える。  改めて周囲を見渡して、ロンフォールは空間の広さに圧倒され口を開いたままになった。  ぽっかりとできた巨大な穴と、それを戴く広い空間を支えているのは、ロンフォールが1人では抱えられないほど太い石柱だ。石柱の表面はとても滑らかで、磨かれているようである。  これほどの広い空間にしては、いくら太い石柱とはいえ、いささか少ないように思える。だが、それでも支えになっているのだ。  夥しい量の水しぶきに顔はすでに水でびしょびしょで、ロンフォールは塗れて風圧に乱れることさえできなくなった髪をかきあげ、顔を簡単に拭った。  子響に腕を掴まれ、足早に移動させられた先は、水しぶきがいくらかこない柱の陰。そこは、いくらか遠くにあり、滝の音も先ほどよりは小さく聞こえる。 「地上の川が、穴に落ち込んでできた滝です」  そして、と水浸しになっている子響は足元を指差した。 「__大きな窪地へ落ち、さらにいくつかの小さな窪地へ別れ、さらに潜っていく。ここは先ほどと違って、目に見えるほど流れがありますが」  滝の真下__ロンフォールたちの目の前に、巨大な水溜りがあった。その水の輝きといったら、光る茸や苔よりも透徹され澄み切っていて比べ物にならない。それらの反射しているにすぎないのに、水があまりにも清涼なのがわかる。  きっと、この滝がなければ、先ほど見入っていたあの地底湖と同様に、周囲を反射する巨大な水鏡だっただろう。  先んじて歩き出したリュングは、その水の流れと同じ方向へ進む。それに倣って、遅れて2人と1匹も足元の水と並んで歩く。  滝から離れていくと、どんどん流れの速度が緩やかになっていくのが不思議だった。 「これはまたいずれ、地上に湧き出て川となります」  いくつかあるうちの小さな水溜りへ歩み寄って、ロンフォールは覗き込む。  流れの勢いが弱まっているらしく、微かに水面が流れを描いているのが分かる程度。  混じりけの無い水を覗き込んでいて、目覚めてから始めて自分の顔を見ることができた。  目尻にはあの白い小さな石のような突起があるその顔。黒い髪は、肩口までの長さがあるので視界に時折入って分かっていたが、目はリュングと同様に赤い。 「目が赤いのも、ケルビムの特徴?」  ええ、と一緒に覗き込んでいる子響が頷いた。 「黒髪と紅玉の瞳で必ず生まれてきます。年齢を重ねるごとに頭髪なんかは白髪まじりになられる方も……」  ああ、と思い出した声を上げる子響をロンフォールは振り仰ぐ。 「__リョンロート卿は、すでに白髪になられておりましたね。祭典かなにかでの行列で、ご尊顔を拝見させていただいたことが……。確か、四十路前後でいらっしゃいますから、年齢でもやはり白髪になるのだと」 「よそじ?」 「ああ、失敬。40歳のことです」  ふーん、と答えたロンフォールは、自分の髪の毛を一房つまんだ。 「……会ったら、どうなるかな」 「リョンロート卿に、ですか?」  うん、と頷くロンフォールに、子響は難しい顔をして顎に手を添えた。 「……今すぐに、というのであれば、私は賛成しかねます。まだ、誰がなんの目的で貴方の記憶をいじったのかわからないのですから」 「リョンロート卿が絡んでいないとも限らん」 「リュング殿……」  少し離れた場所__おそらく一行がこれから進むべき方向に立っているリュングが静かに言い放った。  やや棘のあるその言い方に、子響が諫める意図で名前を呼んだのだが、その意図を察してもリュングは気にせずに続ける。 「リョンロート卿も、あと10年ほどの命だ。命尽きるその時まで、名声を得ていたのかも知れん。人間の世にどっぷり浸かった“人間かぶれ”では、ありえなくもない」 「その言い方は、いささか過ぎます。名代と言えど」  子響は咎めるが、リュングは鼻で笑った。 「ふん……。まあ、間違いなく起こりえないことだろうが、可能性を言ったまでだ。__だからこそ、用心しろ、レーヴェンベルガー卿。誰がどういった形で害となるか……現状、それを我々はおろか、貴方自身もわからないのだ」  リュングはまっすぐロンフォールを見つめる。その強い眼光に一瞬ロンフォールはひるんだが、ことの重大さはすぐに理解できた。 「……わかった」  答えるロンフォールにリュングが頷き返したとき、シーザーはリュングよりも先の闇へ視線を向けて、やや体制を低めに身構えた。  一行はつられて、そちらへ視線を向ける。  奥で光が動いた。
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