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痛み Ⅰ
眩しいばかりの朝日に照らされる弓射の鍛錬場。
日々刻々、日の昇りが早くなってきたとキルシェは思う。早くなっては来たが、それでもまだ寒さは相変わらず。それでも、今朝は氷が張らなくなったから、季節は次へと移ろうとしているようだ。
こわばった感覚がする指、手__それらをもみほぐし、射掛けている的を目を細めて見る。これまでに三矢。そのいずれも外れている__否、手前で失速し落ちてしまっていた。
細く、白い息を吐き出して、再び弓を持って鞘から矢を取る。その動きが、どうにもなめらかにならない。いつもと勝手が違うのを無視して矢を番え__。
「__っ……」
弦を軽く引くだけで途端に鈍い痛みが上体を襲い、怯んで思わず力を抜いてしまう。それでもこらえて引くのだが、満を持するに至らず、放ってしまった。
「痛い……」
結果など見るまでもない。うぅ、と奥歯を噛み締めて、肩まわりの筋肉を揉んだ。
所謂、筋肉痛。昨日のお使いで、酷使していたらしい。使い慣れた弓の重さでさえ、いつもの倍に感じられるほど、腕は倦怠感を覚えている。
はぁ、と重い溜息をこぼすも、あと一矢、いつもの半分はせめて射掛けようと新たにし、気を引き締めて挑む__が、相変わらず失速して地に斜めに刺さる。それでも、飛距離は伸びたのが慰めだ。
はぁ、と何度目かのため息を大きく漏らすと、背後で声を堪えて笑う気配があった。
堪えていても聞き馴染んだ笑い声とわかり、まさか、と弾かれるように見れば、それは弓を手にしたリュディガーだった。
__見、見られて、しまっ、た……。
「あれだけの重労働をしたんだ。筋肉が悲鳴をあげていても可笑しくはない」
指南役という面目丸つぶれな結果に、頬が赤くなるのがわかる。
「いえ、それは……まぁ……。あの……昨日はすみません。指導する、と言っておきながら、寝てしまい……」
「気にしていない」
「寮長から、運んでもらったと聞きました。__ありがとうございます」
男女の寮には、それぞれ取り仕切る寮長が存在する。寮の些事まで知り尽くしていると行ってもいいほど、よく目を光らせているのだ。
昨夜の出来事は、とても騒ぎになったらしい。なにせ、男子禁制の縄張りに、教官ならまだしも、男が入ったのだ。それも女学生を抱えてである。
皆が湯浴みを済ませ、部屋へと戻るにぎやかな声で目を覚まし、いつの間に戻ったのか、と思いだしながら部屋を出ると、ちょうど通りかかった寮長に捕まって教えられた。
顔から火が出る思いだった。やらかした、と自分を内心詰った。これほどの失態、かつて一度もなかったというのに__。
「色々、お手数をおかけしてしまったようで」
リュディガーが、一瞬息を詰めた。
「……ビルネンベルク先生がほとんど」
「だとしても、さぞ重かったでしょう?」
「これでも、武官の端くれだったのだ。__疲れていたのを察していたのに、弓射の指南を止めなかった。私の配慮の至らなかった所為もある。気にしないでくれ。本当に。__その……朝まで寝てしまったのだろうか?」
「夜の八時頃には目が覚めました」
「なら、夕餉は召し上がれたか」
「はい。その時にいただきました。それから、杏も」
言って、キルシェは干した杏が入っていた麻の巾着の大きさを、手で包むようにして表す。
「__ああ、あれ」
「はい。あれがなかったら、足りなかったです」
左様か、とリュディガーは笑った。
あれだけの重労働をして、昨日のスープの一品がない夕餉は足りなかった。大食らいではない、むしろ少食の自負があるのに、である。だから、あの杏は本当にありがたかった。
「噛み締めて、頂きました。人生で一番美味しい干した杏でした」
「大げさだ」
「いえ、本当に。__杏といえば、代わりに貸してもらった荷車は、もうお返しに?」
「朝食後に行くつもりだ。そんなに急いでいないらしいから」
「ご一緒させてもらってもよろしいですか?」
「私ひとりで大丈夫だ」
「あの荷車は、命の恩人ですから、持ち主の方にお礼をしたいの」
大仰な、とリュディガーは肩を竦める。
「__お気に召すままに」
「ありがとうございます」
リュディガーはキルシェの射掛けていた的を見やる。
「……よくなさる。体が痛むだろうに」
「そうですね……怠いですし、腕から鎖骨の下あたり……背中も痛みます。ですから、ご覧の有様で」
「なかなか見られない成績だ」
リュディガーの冗談めかした言い方に、キルシェは笑った。
「でしょう? もう、切り上げるところです。動かさないほうがよかったのかもしれません」
「まったく動かさないよりは、程よく動かす程度にとどめて動かしたほうがよいように、私は思う」
「そうなのですか?」
「今は後悔する痛みに感じるが、明日以降の痛み方がかなり変わる。__経験則だ」
へぇ、とキルシェは感嘆の声を漏らした。
「伊達に武官だったわけじゃない」
「そうですね。__弓射の訓練をしに来たのですよね? みますか?」
「ありがたい。しかし、長くいただろう。寒くはないのか?」
「お日様が出てまいりましたから、もうそこまで寒くはないですよ」
周囲の冷気は、黄金色の朝日に焼かれたように、ほかほかとしたぬくもりがあたりに広がっている。日にあたっていると、驚くほどに温かい。
では、とリュディガーと入れ替わると、彼はキルシェが狙っていた的を目標として、鋭く視線で射抜いた。
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