絶望的な暇の龍騎士

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絶望的な暇の龍騎士

 ビルネンベルクにリュディガーの弓射の指導を任され、その日の講義を全て終えたキルシェは、彼の腕を確認することにした。  空を切る音を締めくくる、鈍い音。それは、矢が的を外した音だ。何度目か__否、9度目の音。  第一矢は当たり、そのまま十矢まで射させたが、迷走するかのように的から離れていったり近づいたりで、それ以後一矢も当たらない。  安請け合いをしたつもりはないが、これはどうしたものだろう__。 「……」 「絶望的でしょう」  結果を凝視したまま、動かない様子に耐えかねて、リュディガーが自嘲気味に言うので、こくり、とひとつ頷くしかできない。  構えに問題はなかった。気がついた点でいえば、(つが)えてから矢を放つまでが早いかもしれないという点だが、それだって指摘するほどではない程度だ。 「断ってもらっても構わないのだが」 「まあ……まあまあ、まあまあ」  困った笑みを浮かべつつ矢を回収に向かおうと足をむければ、リュディガーも的へと足を向けた。  的の一本を引き抜き、次に外れた矢に手を伸ばそうとすれば、遅れてたどり着いたリュディガーが手で制して抜きにかかる。 「昔から弓は本当に駄目で__いや、昔の方がまだましだったか」  矢についた砂を払い落とし、鞘に収める。 「昔? 狩猟か何かですか?」  手にしていた矢を手渡しながら問う。 「……あー…生業で、ですね」  大学には大人になってから、志を持って入る者がそこそこにいる。幾度でも入学をすることができる上、一度の入学で在籍できるのは最長8年ということもあり、年齢層は幅広い。  __弓を使う生業だけど、狩猟じゃない……?  内心思っていたが、それが顔に出てしまったのだろう。リュディガーは受け取った矢を鞘に収め、苦笑を浮かべる。 「私は、龍帝従騎士団の者です」  え、とキルシェは目を見開いた。  龍帝従騎士団は、帝国が世界に誇る龍を駆る少数精鋭部隊。選り抜きの武人がいる__はずだ。 「えっと……弓が不得手だから、お辞めになっ……た?」  え、と今度はリュディガーが目を見開く番だった。そして、吹き出すように笑い出す。 「いや、今は学を修めるため、暇をもらっている。__まあ、確かに、そう思われても致し方ない腕前だが」  リュディガーは的へ視線を向ける。 「龍騎士になると、弓はあまり活躍しなくなる。弓射は風の影響を受けやすいから、やっても投槍か、あるいは龍の爪や牙がありますので。地上でも、ほとんどが最前線ですから、弓よりも剣や槍という近接武器ばかり。弓射は鍛錬こそすれ、そこまで重要視されていない__というか、そう勝手に決めて逃げてきた結果ですかね」  自業自得です、とキルシェへ自嘲を向けるリュディガー。 「__仲間の名誉にかけて言えば、私だけですよ。これだけ絶望的なのは」  なるほど、とキルシェはひとりごちた。  これだけ体躯が立派なのは、そういう経歴だからなのだ。そして、手の胼胝も、時折見え隠れする覇気も、きびきびとした立ち居振る舞いも全て。 「……とりあえずは、腕前を見たかったので、今日はこのぐらいにしましょう。冷えてきましたから、中へ」  空気がさらに冷えたように感じるのは、日が没したからだろう。言いながら見上げた空は、茜色に染まっている。  ええ、とリュディガーが頷くのを確認して、キルシェは最寄りの出入り口へと足を向けた。  弓の鍛錬場からまず踏み入ったそこは、弓射の道具を収める場所。然るべきところにリュディガーが戻す音がよく響く。 「リュディガーさんは__ナハトリンデン卿は、ご夕食までご予定はありますか?」 「リュディガーで。今は、ただの学生ですので、お気遣いなく。__ありません。部屋に籠もるだけですが……弓を射掛け続けてた方がよろしいか?」  リュディガーはどうやら本気のようで、再び手に取ろうとするのを、くすり、と笑って手で制する。 「いえ、そういうことではなくて、時間があるのなら、今後のことを、と思ったので」 「なるほど。では、談話室にでも参りますか?」 「はい」  リュディガーにどうぞ、と先に進むよう促され、キルシェは先に立つ。  倉庫から出、そこから伸びる廊下を進んでいくと、窓と暖炉以外の壁すべて、本に埋め尽くされた部屋へと至る。書庫だ。書庫はここ以外にも2部屋あり、閲覧は自由。  正六角形の部屋中央にも大きな暖炉があり、そこを囲うように置かれた腰掛けや、等間隔に配された机で、手にした本を読む学生らを尻目に、左手の扉から隣室へと抜ける。そこが談話室である。  談話室は、書庫よりも温かい。構造としては同じだが、床下に温かい煙を通しているため、床からじんわりと温かいのだ。  上背のあるリュディガーは談話室を見渡した。六角形の談話室から南東に伸びる廊下の先が食堂で、その廊下に向かって左手前の暖炉の近くの席を見出し、こちらへ、と言いながら先導した。  リュディガーは、しかし座ることはせず、キルシェが座ったのを確認すると、お待ちを、と言って離れていった。向かった先は暖炉。お茶を淹れに行ったのだ。  そして、湯呑みを2つ持って返ってくると、そっと丁寧にキルシェの前へひとつ置いて、自身もやっと着席する。  早速、湯呑みを手で包み込むと、指先がじんわりと熱に滲むようである。 「ありがとうございます」 「いえ。こちらこそ、寒い中ありがとうございました」  キルシェが湯気の昇る湯呑みを口につければ、リュディガーも倣った。 「これから日が伸びてくるので、夕方に弓射の鍛錬にするのはご都合が悪いですか?」 「いえ、それで大丈夫ですが……」 「__が?」  罰が悪そうに語尾を濁すリュディガーに、キルシェは首をかしげた。 「よろしいので? いくら、ビルネンベルク先生から言われたとはいえ、弓射の先生にまで見放されかけているような自分ですよ」  弓射と馬の指導には、退役した龍騎士か軍人があたる。今年から新しい教官になったが、その教官は後者。前者であれば、面識のあるなしに関わらず、今以上に肩身が狭い思いをしていたに違いない。 「どこまでできるかわかりませんが、お付き合いしますよ。先生の厄介な頼まれごとをこなすのが、私の役回りみたいなところになっているので」 「左様ですか」 「もう慣れてますけれどね」  小さく笑うと、リュディガーは視線を湯呑みに落とした。 「貴重な時間を割いていただくことになりますが、本当によろしいので?」 「くどいですよ。__貴方が伝説の学生になりたいのなら、手を引きますが」 「そんなことは」 「では、やってみましょう。卒業できないのは、悔しいですよ。それも弓射で(つまづ)いてなんて」  でしょう、と問えば、苦笑いを返すリュディガーに、キルシェは笑った。
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