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やっぱりメンドーだな。
OKした覚えのない晶の依頼だが、千夏はその会場に来ていた。
山積みの段ボールの1つを開いてみると、晶が興した零細出版社のコミック本。それからホチキスで留めただけのコピーみたいな冊子が、ざっと数百。
「……シナリオ?」
その冊子を適当に手に取り、でもやる気なくパラパラさせるだけの千夏の手を、晶はピシッと叩く。
「それプレミアものよ。丁寧に扱いなさい」
「はん?」
「今、連ドラヒットさせてる大人気のシナリオライターの原稿なんだから」
「晶の会社は出版社でしょ? 何でドラマのシナリオライター?」
「うちは昔漫画原作やってもらったことある縁でこういう私物展示会を企画したってわけ。その漫画をメインに、これまでのドラマシナリオとか、友達とのハガキのやりとりとか、使ってる筆記具とかね」
千夏の仕事は、それらを見栄え良く並べて、ポップとかつけて、来場客を誘導して、感想をもらって。とか。バイト代、なかなかに弾んでくれるのはありがたいが。
「シナリオ並べてポップつけるってさ……全部読めってこと? この膨大な量を?」
「当たり前です」
「あたし漫画しか読まない人だから。こっちのコミックだけでいいよね」
が、晶はシナリオ冊子の束を差し出した。
「日本語読めるでしょ」
「そりゃ日本人ですから」
「すみませんね、千夏さん。とにかく手が足りなくて」
晶の夫が、甲斐甲斐しく行ったり来たりするたび千夏に頭を下げる。となると断り辛さしかない。
千夏は仕方なく壁際の椅子に腰掛け、最新の、今放送中だというドラマのシナリオを読み始めた。文字だけの本は、回りくどくてピンとこないとこが嫌いなんだが。
と、敬遠するのはいつものこと。だけど次第にのめり込んで、続きが気になって一気読みしちゃうのもいつものことだった。晶は人を乗せるのが上手いのだ。
「あれ? 最終回の分は?」
「ないよ」
「ちょっと。その手前でお預けって、もだえ死にしろっての?」
「最終回のを書いてる途中で、シナリオライターが消えたから」
「何ですと?」
千夏はにゅっと首を伸ばして晶を睨んだ。
「よくあるのよ、この人。取材だか現場の空気感がどうとかって、急にどっか行っちゃうの」
「……大丈夫なの、それで」
「さあね。ドラマ関係者は寿命が縮まってるだろうね」
「こっちだって蛇の生殺しだ」
「じゃあ彼を捜してみたら」
「彼? この人、男なの?」
千夏は心底驚いた。繊細で柔らかいタッチの、パステルカラーな恋愛ドラマだったから。
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