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車内は、顔や髪を染めるかと思うほど濃く白く煙っていた。なのに町の灯りをぶっ飛ばすスピードで、しかしその割に晶のハンドルさばきは安定している。
「『この道は まるで滑走路 夜空に続く*』なんて歌があったっけ」
「千夏、毎度同じこと言うね」
「晶が毎度夜中に呼び出すからだよ」
「呼び出しにホイホイ応じるのは千夏だけだし」
「どうせ暇だよ」
ワンカップのプルトップが抜けた感触。プシュリと空気の通った音がして、鼻をつくアルコールの匂い。千夏は助手席で遠慮なくそれを喉に流し込み、灰皿に吸い殻を押しつける晶に次のタバコを差し出す。
「イライラにはタバコ、ドライブ、温泉。これに限るね」
「あたしは煙はいらん。命の水で充分」
「お互い長生きせんね」
「いやいや、今まさに温泉浸かって長らえようって旅でしょ。そもそも晶は家族で行きゃあいいじゃん」
「家庭円満なオンナが突如友達と旅に出ちゃいかん、ちゅう法律でもあんの?」
「あっても笑ってごまかす奴よね、あんたって」
もう20年以上になる。千夏にとって晶は気の置けない女友達。どちらからともなくこうやって突然誘い誘われ、しゃっと気分転換に出かけ、また個々の生活へ戻っていく。そんな楽な関係だった。
「でさあ。手伝って欲しい仕事あんのよ。バイト代出すから」
「ヤダよ。晶の頼み事って、いつだってメンドーなんだから」
温泉に浸かりながら。飛び込みで入った宿でコンビニ寿司をつつきながら。畳の上にワンカップの空瓶を並べながら。
「ヤダね」
と言い続けたはず、なんだけど。
「じゃあね、よろしく!」
翌朝、ウインドウ越しに投げキッスを寄越し、愛車をすっ飛ばして行く晶を、千夏はひなびた駅で見送っていた。
――また、酔ったどさくさに引き受けちまった、らしい。何てこった。
それでも、この錆びた看板、苔むしたホーム。ぽつんぽつんとしか数字のない時刻表。そんなのに胸がときめく。加えて貫禄ある在来線車両がすうっと目の前に止まる、心躍る瞬間。
晶とのドライブはいつもこう。夜中に晶の愛車で突如出かけ、帰りは別行動。晶は運転狂、千夏はテツコだから。
無職になって随分経つ。どうにかしようって気も起こらない。したがって千夏には時間はたっぷりあるのだった。
そうして古びたボックスシートの固い席に陣取って、再び懐からワンカップを取り出した。
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