10 私たちの結末

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10 私たちの結末

 1日シップを張っただけで足首の痛みは引いたけど、膝は段々と痣が濃くなって来た。有吾が家に帰っていると教えられた時間にチャイムを押すと、すぐに扉は開かれた。  「もう、歩けるようになったんだ。軽い怪我でよかった」  「全然軽く無いし。膝にこんなに大きい痣が出来たし、手だってこんなに大きな絆創膏はってるし。痕が残ったらどうするの?」  「そこまで深そうな傷じゃ無かったよ。それに、澄香さんは元気だから、きっと傷の治りも早いよ」  「何か、ムカつく」  「はいはい。で、何で会いに来たんだっけ?」  いつもより私の扱いが雑な気がしたけど、それも悪くなくて、私は今朝のやり取りを思い出しながら、会いに来きた理由の一つを口にした。  「私の友達たちまで、有吾の事名前で呼んでるのが、気にくわない」  「えっ、何で?そんなの澄香さんと一緒でいいでしょ」  「だって、それじゃぁ、特別感が無くなるじゃない…」  「特別感?」  「そう。私たち二人だけの呼び方、みたいな…」  もうすっかり彼女の立ち位置で話を進める私の顔は、自分でも分かるくらい、ニヤけている。  「あぁ、えっと。そうか、僕の中では今朝、ちゃんと伝えたつもりだったんだけど、澄香さんには伝わって無かったんだ。ごめん」  有吾は私が何を言わんとしているのか、分かったようで、居住まいを正して、私に向き合った。  「澄香さんがどうして僕を彼氏役に選んでのか、一緒にビーフシチューを作った日にハッキリ分かったんだ。初めて出会った時から、澄香さんは僕の事が好きだったんだね」  改めて言葉にされると恥ずかしくて、ニヤついてる口元を無理やり結んで頷いた。  「最初は迷惑なだけだったけど、澄香さんと一緒に過ごす時間が楽しくなってきて、もう、自分の心に嘘がつけなくなったんだ。僕にとって澄香さんは、偽りの彼女じゃ無くて、大切な友達になった」  ん?何か違うな。緊張して、間違えちゃったのかな?  「これからは、友達としていろんなところに出かけたり、お互いの趣味を共有したりしたい。そうすればもう、澄香さんは僕に変な期待をしなくていいだろ」  うん、間違えて無いな。本気か?  「だから、もう僕の事は諦めて次の恋に向かって欲しい。そして、これからは友達として仲良くしよう」  「はぁ?本気で言ってるの?」  「本気しか言ってないよ」  「私が有吾の事、好きだって分かってるのに、それを諦めて友達になろうなんて、都合が良すぎるでしょ」  「確かにそうだけど。片思いのままだと澄香さんが苦しいだけだよ。一緒にいて苦しくなったから、僕から離れたんだよね?」  「そうだけど、それだけじゃ無いから」  「他の理由って?」  「有吾がこれ以上私に影響されて変わってしまうのが嫌だったから」  「それはこの間言ってたね。でも、僕はこれからもどんどん変わっていきたいと思ってる」  「まぁ、有吾がそれでいいなら仕方無いけど。私は、変わらない有吾も好きだから」  「あぁ、そっか。僕がもっと変わってしまえば、今の恋愛感情が消えて行くかもしれないね」  「そんな事無い。どんな有吾も好きだから」  「じゃあ、その好きをこれからは友達として、に変えて行ってくれたら」  「はぁ?そんなの無理に決まってるでしょ。有吾が私の事好きになるように変わればいいじゃない」  「それは無理だよ。澄香さんには恋愛的な魅力を感じない。でも、人間的な魅力をは感じる。だから、友達として…」  「じゃ、じゃあ。友達として一緒にいたら、段々私の事が好きになっちゃうかもしれないわよ」  「今のところ、その可能性はゼロです」  「どうして、そんな事、言い切れるの?」  「澄香さん、僕が寝ているのをいいことに、2回もキスしたでしょ」  2回?ウソ!ビーフシチューの日はさすがにバレたと思ったけど、1回目はぐっすり寝てたよね?  「そうだったかな?」  バレていると確信しつつ、最後のあがきで白を切る。  「2回もキスされたけど、何とも思わなかった。実家で買ってる犬のπ(パイ)にキスされてるみたいだと思ったくらいかな」  「はぁ?この私の唇が犬と一緒だなんて、有吾の感覚って鈍過ぎない?もしかして痛みとか感じない人なの?」  「いえ。痛みはちゃんと感じるし、感覚が鈍いと思った事は一度も無いね」  「じゃ、じゃあ。男の人が好きなの?」  「いえ。今のところそう感じた事は無いかな。今後変わる可能性はゼロでは無いけど」  「だったら、どうして私がキスしてもペットと同じだと思うの?普通、嫌いじゃ無い人にキスされたら嫌でも意識して、気持ちが動かない?」  「澄香さんはよく分かってるだろ?どれだけ好きだと言われても、自分の気持ちが動かない相手がいることを」  有吾の言葉は、どれも正しい。ただ私がわがままを言っているだけだって事は、分かってる。分かってるけど、こんなに好きなのに、友達になんてなれない。  「手を繋いでも、抱きしめても、キスをされても、澄香さんを抱きたいとは思わなかった。もうこれは心だけの問題じゃなくて、心身ともに澄香さんを女として見ていないということだろ?どうかもう諦めて、これ以上僕に手を出さないでもらいたい」  有吾は、深々と頭を下げて願った。  「酷い、酷すぎる。こんなフラれ方ありえない」  「ありえないかもしれないけど、これが現実だよ。すぐに受け入れられないかもしれないけど、一緒にいるうちに受け入れられる日が来るよ」  「なんなの?何で振った本人が慰めてるの」  「だって、友達だからね。失恋の痛みは友達と分かち合うものだろ?」  「何よそれ!誰がそんな事言ってたのよ」  「澄香さんの友達が言ってたよ。友達が失恋した時はとにかく相手への悪口を聞きながら、一緒に暴飲暴食するもんだって」  「有吾に何教えてるのよ」  「まぁまぁ、これからは、澄香さんも一緒に仲良くしよう。と言う事で、失恋には、美味しい食事と沢山のお酒でしょ。ちょうど昨日、ビーフシチューを作ったんだ。あれから料理にハマって、今度はハンバーグにも挑戦するから、味見してよ。あぁ、そうそう。お酒とバケットはもうすぐ友達が持ってくるから、とりあえずそれまでは、この間みたいに残ったワインで乾杯」  有吾は流れるようにワインをグラスに注ぐと私に渡して一方的に乾杯した。  「私、有吾の事、諦めないから」  最悪の捨て台詞を有吾に投げつけて、グラスに入っているワインを一気に飲み干した。  「いいね。澄香さんが酔い潰れても絶対手ぇ出さないから、安心して」  悔しいくらい素敵な笑顔で2杯目のワインを注がれたから、涙を堪えてまた飲み干した。  「酔った勢いで、手ぇ出してよ。イヤ、私が手ぇ出してやる!」  「はいはい。もうそれ、犯罪だよ。友達を犯罪者にしたくないから、全力で阻止します」  有吾の言葉を無視して抱き付こうとしたところにチャイムが鳴って、私を素早くかわした有吾がドアをあけたら、私の騒がしい友達たちが入って来て、私に抱き付いた。  「澄香、今日は飲もう。飲んで有吾を忘れるぞ」  「忘れられるわけ無いでしょ、目の前にいるのに」  「あれはもはや澄香の好きな有吾じゃない。あれは、友達の有吾だ」  「だから、同一人物だって」  「はいはい。今日は飲んで食べて、歌うか。有吾、お腹空いたビーフシチュー食べよ」  「みんなあんまり騒がしくしないでよ。この間、うるさすぎて隣の人に怒られたんだから」  「ごめん、ごめん。この間はちょっとはしゃぎ過ぎた。今日は気を付けながら騒ぎます」  友達たちと有吾の会話があまりにも親し気で、思わず割り込む。  「ちょっと、この間って。もしかして、ここに来た事あるの?」  「あるよ、何回も。澄香が病んでるのを見守るのも兼ねて」  「もーやだ!今日は記憶が飛ぶくらい飲んでやる!」  病みが明けたと思ったのに、また新たに病みそうだ。  友達たちと楽しそうに笑う有吾を睨みながらも、やっぱり好きだと心が騒ぐ。  いつかこの日を後悔するくらい、私の事、好きにさせて見せるんだから!  恋VS友の戦いが、今始まった。     了    
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