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3 僕の周辺が騒がしい
月曜日。
澄香さんと手を繋いで大学に行き、昼食を学食で一緒にとる約束をして別れ、第一講義室で授業の準備をしていると、いつも話しかけてこない人たちが、好奇心溢れる顔で僕を取り囲み、芸能リポーターのように質問を浴びせた。
「辰巳君、東澄香と一緒に来たよね?手ぇ、繋いでたけど、どういう関係?」
「今朝、電車で一緒になったから一緒に来た。手を繋いでたのは、僕が澄香さんの彼氏だから…」
「か、彼氏?本当に?あの東澄香が辰巳君を選んだのか?」
「…まぁ、諸々を含めて、そう言う事になるかな。僕から詳しく説明できそうに無いから、詳細が知りたければ、澄香さんに聞いて欲しい」
「辰巳君の何が良くて選ばれたんだ?もしかして、澄香さんが断り切れない秘密を握ってるとか?」
「…どうして僕なのか分からないけど、澄香さんの弱みを握っているわけじゃ無いから」
「すげぇ。今世紀最大の異種類カップルの誕生だ」
できるだけ、嘘はつかないように。できるだけ誠実に。できるだけ彼氏のつもりで答えたけれど。僕一人で澄香さんの彼氏として振舞うのにはあまりにも情報が無さ過ぎたから。学食で昼食を一緒に取っている時に、ちゃんとした設定を考えようと、提案した。
火曜日。
4校時目が休校になったので、図書館でレポートに使う資料をまとめていると、すらりと背の高い、清潔感溢れるイケメンが僕の目の前に座り、キラキラと輝く笑顔を向けたので、僕は、ぺこりと頭を下げた。
「辰巳君。少し話がしたいんだ」
「はぁ。少しだけなら」
すぐ戻って来るつもりで、本もノートも机の上に置いたままにして、図書館の近くのベンチに移動した。
「君が澄香を好きになる気持ちは、良く分かる。澄香はとっても魅力的な女性だからね。でも、澄香が君を選んだ事は理解に苦しむんだ。だって、君と付き合う前まで、俺が澄香の彼氏だったんだよ。君と僕とじゃまるでタイプが違う」
「はぁ」
「俺と澄香が別れて2週間も経ってないのに、君が彼氏になるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。澄香が圧力に屈するような性格じゃ無い事は、元カレの俺が一番分かっている。澄香はいったい君の何か良くて付き合う事になったんだ」
「はぁ」
大学や公共の場では、僕と澄香さんを見る好奇な視線が集まりすぎるので、昨夜、アルバイトが終わった澄香さんを僕のアパートに招き入れ、彼氏役を務めるに当たっての詳細を話し合った。そこで作り上げたストーリーを円周率を唱えるように話しす。
「スマホを拾ったんです。学食で」
「うん」
「何度もコールするから、落とし主からかと思って出ると、澄香さんでした。それで、その日はただ返しただけだったんですが。キレイな人だったんで、忘れられなかった。その後、立ち寄ったパン屋で澄香さんがアルバイトをしていて。声を掛けようかと思ったんですが、僕の事なんて覚えて無いようだったんで、止めました。でも、それをずっと後悔してて、あの時、声を掛けてれば、僕の事を覚えてもらえたかもしれない。後悔の毎日を送っていた時、アルバイトが終わって外に出たら、澄香さんが男の人に強引に言い寄られていて、どう見ても困っている様子だったので、思わず体が動いたんです。何とか男の人から澄香さんを助け、逃げる為に手を引いて走りました。もう夢中で走って。逃げ切った時に思ったんです。僕は澄香さんがどうしようもなく好きなんだと。だから、その場で告白をしました。そうしたら、澄香さんは笑顔で了承してくれました。僕の何が良かったのかは、まだ怖くて聞けていませんが。いつか、覚悟ができたら、聞いてみようと思います」
スラスラと淀みなく言えたので、僕なりに満足したのだが、元カレは理解できなかったみたいで、もう一度聞き返した。
「たったそれぐらいの事で、澄香が君を好きになるなんて、信じられない。本当の事を言ってくれ」
今度はもう少し慎重に思い出し、ゆっくりと分かるように同じ言葉を繰り返した。
水曜日。
僕と同じ空気を纏っていると思っていた学部の友人が、難しい数式の解き方を訊ねるように、僕と澄香さんの関係を尋ねた。
「本来、こう言う事には関心は無いのですが、耳に入ってしまったからには、頭から離れず、授業に集中できないので、質問します。辰巳君と東澄香さんはお付き合いされているのですか?」
「うん。そうだね」
「なんと!噂はあくまで噂だと思っていたのですが、真実がそこにあるなんて。これからゴシップネタを頭から疑う事はせず、僕なりに事実を突き止めようと思います」
「はぁ」
「それで、その。東澄香さんとはどのようなお付き合いをされているのですか?後学のため、お教えいただきたい」
ダムが好きな彼が、ダムの話以外でこんなに興奮した顔を見せたのは初めてで、僕が澄香さんと付き合うと言う事は、こんなにも人に影響を与えるのかと少し怖くなった。しかも、僕たちは本当に付き合っているわけでは無く、フリをしているだけで。フリをしていると言う事は、騙している事で。澄香さんの身の安全を確保するためと言えど、僕の良心は痛み始めた。
「今まで誰とも付き合った事が無いから、どんな風に付き合って行けばいいのか分からないんだ。だから、これから澄香さんと一緒に考えるよ」
付き合うって、どういう事なんだろう?
手を繋いで歩いたり、一緒に学食で昼食を食べたり、言い寄ってくる男から守ったり。そういう事だけじゃ無い事は分かっているが、僕と澄香さんはそれ以上の関係を進めてはいけないような気がした。
木曜日。
夕方。大学から帰る為、大学の最寄り駅で電車を待っていると、フワフワ、キラキラ、キャーキャーした女の人達に囲まれた。
「澄香の彼氏の有吾君だよね?」
「はぁ」
「うわぁ、リアル有吾だ。近くで見ても地味だね」
「はぁ」
「有吾君、この後、バイト?」
「いえ。今日は無いです」
「じゃぁ、時間ある?」
「はぁ」
「じゃ、うちらに付き合ってよ」
「え?」
「検証」
「検証?」
「そっ。地味で存在感のない澄香の彼氏、実はイケメンだった説」
「え?何ですか?それ」
「い~から、い~から。とりあえず電車乗って、行くよ」
ホームに入って来た電車に引きずり込まれ、僕が降りたい駅の手前で無理やり下ろされると、ショッピングモールの洋服屋さんに連れて行かれ、着たことも無いおしゃれな服を何着も試着させられると、その中で全員が「これ」と言った服を買わされた。そして、近くの美容院に連れて行かれると、どんな髪型にするかなんて言ってないのに、やけにおしゃれで格好いい美容師に「かっこよくするから、任せてね」と言われ、躊躇なくハサミを入れられた。
これはもしかして、澄香さんの友達に彼氏として歓迎されているのか?嫌々。澄香さんの彼氏として相応しいか品定めされているのか。
この状況を何とか理解しようと頭の中でいろんな理由を考えるが、そもそも恋愛やキラキラ界隈のデーターや経験値が不足している僕では、理解できない事だけ理解した。
「まぁまぁじゃない?」
「地味過ぎたから、この程度でもよく見えない?」
「私のタイプじゃ無いけど、それなりに見られるわ」
「じゃ、明日。買った服を着て髪をセットして、大学来てね」
澄香さんの友達が検証したかった「地味で存在感のない澄香の彼氏、実はイケメンだった説」の結果は僕にはわからないし、澄香さんの友達の言葉からも「実はイケメンだった」の部分は曖昧だ。
でも、今日はもう頭がオーバーヒート気味で思考が上手く回らない上に、キラキラな澄香さんの友達に振り回されてもう体力が残っていないから、検証結果は後日詳しく聞くことにした。
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