5 僕だって

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5 僕だって

 楽しみにしていた遊園地に、喜びを素直に表現することが出来ず、周りの人に悟られたくないと必死に隠している子供のような顔をした澄香さんに連れて来られたのは、セレクトショップというおしゃれなお店だった。おしゃれな店内にはおしゃれな洋服と小物が並んでいる。おしゃれな店員さんが澄香さんに「いらっしゃいませ」と言った後、親し気な雰囲気で話しをする。  僕は澄香さんの後ろにピッタリと付いているのだが、店員さんには僕の姿が見えていないようだ。それは別にいいのだが、買い物に付き合うとは、ただくっついていればのか?自分の役割が分からず様子を伺っていると、澄香さんが店員さんに勧められたワンピースを二着持って、僕に振り向いた。  「ねぇ、有吾。どっちが似合うと思う?」  淡い黄色のシンプルものと、黒のフワフワとしたもの。違いは分かるが、どちらが澄香さんに似合うかと聞かれても、どちらも似合うと思うので、選べない。  「どちらも似合うと思うけど。カーディガン…」  「ホント?じゃぁ、着てみようかな?ちょっと待てて」  澄香さんは、パッと笑顔になって、足取り軽く試着室に消えた。  澄香さんがいなくなって初めて、店員さんと目があった。  「えっと、澄香ちゃんの…友達?は、何か見られます?メンズも少しだけど、ありますよ」  「いえ、結構です。僕は澄香さんに付き合って来ただけなので」  「そうですか。じゃぁ、こちらでお待ちください」  店員さんは安心したような笑顔で、試着室の近くにある椅子に案内してくれた。  昨日澄香さんの友達に連れて行かれた店も、今日澄香さんが連れてきてくれた店も、普段の僕なら足を踏み入れないような店で。ちゃんとは覚えていないけれど、初めて会った時に澄香さんにしつこく付きまとっていた男の人や、元彼だと言っていた男の人は、この店に置いてあるような服装をしていた。  澄香さんが買ってくれた商店街にある洋品店のTシャツを着ている僕は、この店の中では明らかに異質だ。  だからなのか。今さらながら、どうして僕なのかと疑問が浮かんで膨らみ始めた。  「有吾、どう?」  試着室から出てきた澄香さんは黒のフワフワしたワンピースを着て僕の目の前に立った。今日着ていた白のノースリーブと青色のスカートはシンプルだったので、凝った作りのワンピースは黒とシックな色でありながら可愛らしく、色白の澄香さんに良く似合っていた。  「この袖のボリュームが可愛くない?ロング丈だけど、大きく開いたスクエアーネックがいい感じに肌見せしてるから、全体に重たくなりすぎないよね」  澄香さんの説明は、半分ほど意味が分からなかったが、気に入っている事は分かったので、大きく頷いた。  「いつもは奇麗な印象だけど、これを着ると可愛らしい印象になるね」  「…ありがと」  僕の言葉を聞いた澄香さんは、視線を大きく逸らして口を尖らせながら、小さな声でお礼を言ったと思ったら、「次!」と元気な声で言って試着室に消えて行った。  僕の感想が気に障ったのだろうか?悪い事を言った自覚は無いのだが、喜ばせる事を言った自覚も無いので、澄香さんの反応の真意を考えた。そう言えば澄香さんは時々、言葉と感情と行動がバラバラになることを思い出し、考えることを止めた。  「このシャツワンピ、色は奇麗だけどシンプル過ぎるかな?」  次に着た黄色のワンピースは優しい黄色で、澄香さん明るい髪の色と可愛らしい顔に良く似合っていて、僕は先に着た黒いワンピースよりもこちらの方が澄香さんに似合っていると思った。  「澄香さんはどっちを気に入ったのか分からないけど、僕はこっちの黄色の方が、似合ってると思う」  「ホント?」  「うん」  「…そっか」  澄香さんは口をキュっと結んだのに、口角はヒクヒクと上がり、まるで笑いを堪えるような顔をして試着室に消えて行った。  僕の感想は間違っていたのだろうか?そもそも感想なんだから、間違うも何も無いと思うけど。でも、これはセンスの問題だから、僕の洋服のセンスが酷すぎてバカにされたのかもしれない。自分にセンスが無い事くらい自覚しているけれど、澄香さんに馬鹿にされたのかと思うと、腹の底にチリっと苛立ちを覚えた。  入店した時から居心地は良くなかったけれど、一秒でも早く店を出たくなった僕は、勝手にカーディガンを選んで購入した。  「カーディガン買ったから、もう行こう」  澄香さんが試着室から出て店員さんと話をしているところに割り込んで、買ったばかりのカーディガンを澄香さんの肩かにかけ、相変わらず冷たい手を引いて店を出た。  「ちょっと、何?怒ってるの?」  澄香さんが困ったような声で僕の背中に話しかけるけど、僕は全部無視してズンズン進む。  「まぁ、そうだよね。私の服なんて、興味無いよね。じゃ次は、有吾の興味ある事しよう。何がしたい?」  「僕が興味ある事なんて、澄香さんには退屈だろ」  「そんなこと無いよ。有吾の興味がある事、知りたい」  嫌味を込めて言っても澄香さんには伝わらないのか、それともただ機嫌を取られいるのか分からず、黙り込んだ僕に澄香さんが問いかける。  「カラオケ?本屋?映画?…」  映画…。そういえば、見たいと思っていた映画が最近公開されたんだった。あれは是非、映画館で見たい。そして、僕と澄香さんがどれだけ違うのか実感すればいいと思った。  「映画なら、見たいものがあるんだけど」  ちょうど交差点で立ち止まった時に、僕を見上げる澄香さんに言ってみた。  「いいね!行こう。有吾が見たい映画、私も見て見たい」  僕が見たい映画が澄香さんが見たいと思わなければ、そこで別ればいい。いつもみたいに一人で見ればいい、と思ったら、段々映画の気分になって来た。  「じゃぁ、行こう」  信号が青になると、僕たちは手を繋いだまま映画館へと向かった。      
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