ある青年の儚いハナシ

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   とある住宅地の公園にある桜の木。ベンチに腰掛け、僕は桜の木を眺めていた。散りゆく桜吹雪はどうもあの日を思い出す。そして僕は春に咲く桜が嫌いである。  桜の花言葉、それは私を忘れないでねいてくれ。と、言う意味です。 「今年の桜もキレイだな………」  僕の名前は山下勝(やましたまさる)23歳、僕は桜の木を眺める。  それは3年前、僕は休日の公園にて、缶コーヒーを飲みながら桜の木を眺めていた。それは3月、桜吹雪が舞う暖かい季節である。暖かい気候に、思わずアクビが出てしまう。 「アナタは、桜は好きですか?」   「あん?」  隣からの声に思わず声を出し、ぶっきらぼうな表情で視線を向ける。 「はじめまして」  そこにいたのは女性。黒髪のロングヘアー、瞳の下の泣きボクロ。桃色の長袖のワンピを着た清楚な女性である。 「はい、はじめまして」  僕は女性に対し、ペコリと会釈する。それが、彼女との出会いだった。  さらに僕は、桜吹雪が舞い散る桜の木を眺めつつ頷き、思い出すのである。  彼女と出会って1週間後、僕は公園に足を運ぶようになった。別に彼女の事が好きではないけど、何処か僅に彼女を求めてしまう自分がいる。 「今日は暖かいですね?」 「そうですね、春ですからね」  彼女のセリフに僕は返す。 「桜はキレイですね。この桜は、オオシマサクラと言いましてね」  彼女は桜の木を見て言う。 「君は、その春が好きなのかい?」 「はい、好きですよ。春は始まりの季節で、暖かい気候だからです。アナタは桜の花言葉を知っていますか?」 「桜の花言葉?」 「はい、花言葉は純潔、精神美、そして優美な女性を意味しています」 「そうなのか?花が好きなのか?だとしたら、他の咲いている花の花言葉も分かったりするのか?」 「いえ」 「おいおい………」  僕は、思わず苦笑い。まさか、桜以外の花言葉を知らないとは。  それから桜の木を眺め、過去に浸る。  さらに1週間後の休日、また桜が咲き誇る公園に足を運ぶ。2人はベンチに並んで座り、女性は桜の木を眺めながら口を開く。 「桜は人生と似ています。枝からツボミが顔を出して、ツボミから花が咲いて、そして季節の終わりに差し掛かれば散ってしまう」 「それは、季節の終わりだから仕方ないのでは………」 「人の一生もそうです。人は赤ちゃんから始まり、そして長い月日を掛けて大人になって、それから年を取り、一生を終える。この散っていく桜のように」 「言われてみれば、そうだな」  女性は木網のバケットから(何か)を取り出す。 「これ、クッキーです。よろしければどうぞ」 「お、ありがとう」  僕は彼女の手作りのクッキーを片手で受け取り、頬張る。そんで彼女の水筒から紅茶も一緒に頂き、桜の木を眺める。  あのクッキーは美味しかったな。ほんのり甘く、若干の苦味があって自分は好きだった。  さらに、1週間後の休日。 「この前はクッキーと紅茶をありがとうございます。美味しかったよ」  いつものようにベンチに座り、いつものように現れる女性に僕はお礼を伝える。 「桜の花言葉、フランスではどういう意味かは知っていますか?」 「フランスの?」  女性の質問に、僕は聞き返す。 「私を忘れないでね。と言う意味です。それは昔、遠征に向かう騎士が礼拝堂で桜を飾る風習が由来みたいです」  しんみりと話す女性。それは何処か悲しい表情であり、まるでアレかな恋人と別れる女性のような口調である。  そして過ぎ去ること1週間、いつもの公園に行くと、彼女は来なくなった。さらに1週間後、そのさらに1週間後、彼女はやはり来なくなった………。桜が散り、春の季節が終わる頃である。  それを境に、僕は桜が嫌いになった。彼女が最後に伝えた(私を忘れないでね)が、頭から離れないのだ。   3年後、僕はその過去を思い浸りながら桜を眺める。嫌いなのに、何故か足を運んでしまう。また、名前の知らない彼女が現れるのを期待するかのように。 「勝(まさる)さん」  後ろから僕を呼ぶ声。 「京子さん」    僕は振り向く。あれから僕は結婚し、家庭を持った。妻は黒髪のロングヘアーで、目の下に泣きボクロが印象的である。そして同じく桜が好きである。  あの頃の彼女と似ている気はするが、あえて質問はしない。儚い思い出のまま、記憶に納めておくことにする。  もう一度いう。僕は桜が嫌いだ。    
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