苦情

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苦情

「真山か。なに用だ。」 一之丞は決済の手を休めずに問うた。 「殿様。 お顔の色もよく お元気そうでなによりでございます。」 「うむ。」 「近頃は食も進まれているようで、 皆安堵しておりまする。」 「そうか…。 心配掛けてすまなかった…。 ところで、そんなことを言いに来たのか?」 筆を置いて、訝しそうな顔をした。 「あ、いえ…そうでは…。 胡蝶は… しっかり勤めておりますでしょうか。」 「うむ。 まだまだ覚束ないが、 一生懸命勤めておるぞ。 父親を早く亡くしたせいか、 歳の割には、 女子としての嗜みに欠けるのが 玉に瑕ではある。 あのままでは、 私の娘としては嫁がせられないが、 まあ、だんだんマシになるであろう。 割合物覚えは良いようだ。 何を教えてもすぐに吸収するからな。 ふふふ…」 どうやら、お殿様は、 胡蝶を教育することに 楽しみを覚えているらしい。 それで最近、生き生きとなさっているのか…。 「胡蝶のことを心配してまいったのか。 まあ、 そちが探し出してきた女中ゆえな… よき娘だ。心配するな…。 ただ…」 「ただ…?なんでございます?」 「あれは、なかなかに気の強い女子だな。 よくよく言い聞かせられてきたのであろう、 普段は神妙にしておるが、 どうかすると本性を現しよる。 そんなにいっぺんには覚えられませぬ! などと言い返すことがあるのだ…。 あれは、いかん。 あれではまるで…」 (蓮のようだ…) といいかけて口をつぐんだ。 「そのようにお気に召したのに、 嫁がせるのでございますか? 女中頭が、 早く側女になさればよいのに、 と申しておりましたが…」 「はあ? あれは、まだ子どもではないか。 私は子どもに興味はない。 あれに女は感じぬ。 あのように細い腰をして… まだ月の物もないであろうが…」 細い腰…って、 ちゃんと見ておられるのでは…? 「そういうおつもりならば、 少々胡蝶を呼ぶのを お控えくださいませ。 奥にいる間中胡蝶をお呼びになるので、 女中頭から 苦情が出ておりまする。 女中としての仕事もあるのに、 あれでは胡蝶が食事も満足に摂れないだけでなく、 周りのものが嫉妬いたします。と」 「そうか…。 食事を摂る暇もなかったか。 それはかわいそうなことをした。 気をつけることにしよう。」
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