初めての恋文

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初めての恋文

眠ってしまったのね。 何時かしら…? ふう。月の物って大変なのね。 こんなのが毎月来るなんて… いやになってしまう… でも、 これで私も一人前の女になったんだわ。 それにしても、 下腹は痛いし、 腰はだるいし、 頭も痛いし… 胡蝶は、もう一度ため息をついた。 その時、部屋の扉が開いた。 「胡蝶、具合はどうじゃ。」 女中頭だった。 「あ、女中頭さま。 はい、休ませていただきましたので、 朝よりはずいぶん楽になりました。」 「無理せずとも、 横になっていてもよいのだぞ。 月のものは、人によっても違う。 なんでもないものもおれば、 寝込むほど病む者もいる。 私も、若い頃はずいぶん苦労したものよ。 さ、薬湯を飲みなされ。 冷めぬうちに。」 「ありがとうございます。」 「お殿様自ら調合し煎じて下さった薬湯ぞ。 ありがたくいただくが良い。」 「お殿様が?」胡蝶は驚いた。 「お命じくだされば、 我らがいたしますと申し上げたのだが、 どうしてもご自分でなさるとおっしゃって…。 胡蝶がずいぶんとお気に召したようだの…。」 胡蝶は恥ずかしくて顔を伏せた。 「そのようにお愛しみならば、 側女に上げてくださればよいものを…」 「いえ、お殿様は、 私を女子だとご覧になってはいらっしゃいませぬ。 もったいないことではございますが、 妹のように、 娘のようにかわいがってくださっていられるのです。 側女など…とんでもない…」 「そうかの… したが、 そなたがお勤めに上がってから、 お殿様は見違えるようにお元気になられたのだぞ…。」 「そうそう、 お殿様のお手紙を預かってきたのじゃ。 忘れては、 お叱りを受けるところであった。」 そういいながら、 女中頭は一之丞からの文を差し出した。 「明日も、 無理をせずともよいと お殿様からじきじきに言われておるゆえ、 くれぐれも大事にな。」 「ありがとうございます。」 胡蝶は神妙に頭を下げた。 お殿様からのお手紙… 胡蝶は胸が高鳴った。 男性から文をもらうなど、 初めてのことだった。 まして、 密かに慕うお殿様からの手紙… 「胡蝶…。 今日は、 そちの顔が見えぬので、 なにやら気が抜けたような、 つまらぬ一日であった。 せっかく、 新しい和歌を教えようと思っておったのに… まあ、よい。 女子とは気苦労の多いものなのだな… 男には分からぬ。 薬湯を持たせたゆえ、飲むがいい。 身体の重だるさが楽になるであろう。 明日も薬湯を造って持たせるゆえ、 無理をするでないぞ。わかったな。 そちのつらそうな顔など見たくはないから、 すっかり元気になるまで 私の前に来るでないぞ。」 お殿様…。 私は、一日お顔を見られないだけで こんなに淋しいのに… お殿様のバカ… もし…、 お殿様が側女にと望んで下さったら… 母上様は、 城に上がっても 決してお殿様のお情けを受けぬようにとおっしゃったけれど… 『胡蝶や。 これだけはくれぐれも申しておく。 女中としての領分を守って、 決してお殿様のお情けを受けるようなことのないよう、身を慎むのじゃ。 目立たぬようにしていなされ。 万が一、ご寵愛を受けるようなことがあっては…。 一時は良い。 したが、後ろ盾のない者が、 永く城でときめいた事などない。 権力の魔性に、 子どももろとも命を狙われるは必定。 それが、世の常なのじゃ。 そなたを権力争いの只中になど置きたくはない。わかったな…』 母上様… 側室の地位など望んでおりませぬ。 ただ…お殿様のお側に居りたいのでございます。 もしも…、 お殿様が側女にと望んでくださったならば… 母上のお言いつけを 私は破ってしまうかも… しれません。 私は、嫁ぎたくなどありません。 一人身で朽ち果てようとも、 お殿様のお側に居とうございます。 お殿様をお慕いしているのでございます。 母上様申し訳ありません。 胡蝶は涙を拭いて文机を出すと、 墨をすり筆を取った。 なんと認めよう… 初めての恋文だった… いますぐに   駆けていきたい それなのに      あなたは遠い 雲の上の人
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