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胡蝶は、 お役目がひと段落したので、 自室で刺繍を刺していた。 最近、 お殿様のお側でのお役目が少なくて、 あまりお姿を拝見できない・・・ つまらないわ・・・ 執務がお忙しくなって、 ご教授いただける機会も減ったし・・・ はあ~お殿様にお会いしたい… 胡蝶は、 ふぅっとため息を吐(つ)いた。 その時「胡蝶は居るか?」と誰かが呼ばわる声。 「はい、ここに居ります。」 「お殿様よりのお届けものじゃ。 お文はこれな。 では、確かに渡したぞ。」 その者は、 どさっと書物を置いていった。 なに?と思ってみると、 薬草学の本のようだ。 こんなにたくさん・・・? 文を開いてみる。 確かに一之丞の手蹟(て)だった。    恋しくて 逢えない日々は 時長く  久方に見る お手蹟(て)懐かしく 『このところ顔をみないが、 元気にしておるか。 私も執務が忙しいので、 しばらく勉学を見てやることが できそうにない。 なので、書物を遣わす。 しっかり学んでおくように。』 短い手紙だった。 甘さの欠片(かけら)もない。 私など・・・ ただの幼い子どもなのよね・・・ お殿様にとっては。 胡蝶は、 一之丞からの文を抱きしめた。 その次の日、 胡蝶は女中頭に呼ばれた。 「城内に、小さい薬草畑がある。 そなたは、 今日よりそちらの手伝いをするのじゃ。 よいな。」 薬草畑・・・? 「は、はい。かしこまりました。」 身体を動かすことは嫌いではなかったが、 さすがに畑仕事はしたことがなかった。 薬草の扱いも分からず、 面食らうことばかり・・・ だが、城内での重苦しい人間関係の中にいるよりは、 空の元、 大地の息吹と共にあることが 清清しいということにも気づいた。 一之丞と逢えない淋しさが 癒されるようだった。 ある日・・・ 畑で作業をしていると・・・ 「胡蝶はおるか?」 「はい・・・あ、真山様。 お久しゅうございます。」 「お殿様の使いを頼みたい。 内密の私信であるから、 表の人間は使えないのだ。 よろしく頼む。 お殿様の使いであるから 輿を使うべきだが、 目立たぬように徒歩(かち)で行け。 下人を一人つけるゆえ。 行く先は、こちらだ。よいな。」 「はい。かしこまりました。」 行き先は、そう遠くなかった。 どうやら、学者先生の家らしい・・・ 返事をもらうために、 しばらく待たされた。 その後、何度か同じ家に使いをした。 一月後・・・胡蝶は一之丞に呼ばれた。
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