辞令

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「胡蝶、久しいな。息災であったか?」 「お殿様にあらせられましても、 ご機嫌麗しく。」 「うむ。 少しはそれらしい受け答えができるようになったな。」 「恐れ入りまする。」 胡蝶は、 畏まって平伏したまま顔を上げない・・・ 「この度は、そちに新しい役目を命ずる。 明日より、 新設の相馬家薬草園にて修学いたす事。」 え? 思わず顔を上げた。 「あの・・・修学・・・でございますか? そのようなことは・・・ 試験に合格された方が なさることでは・・・ 私では、 漢文の書物を読むことも覚束なく、 皆様の足手まといになりまする。 いただいた書物も まだほとんど手付かずでございます。 女子の身で・・・」 「・・・私の決めたことに、不服か?」 「いえ・・・そうではなく・・・ あの・・・お暇(いとま)、 ということでございますか?」 ひどいわ・・・ 「そのような、情けない顔をするな。 城から追い出そうというのではない。 ここに籍を置いたまま、 先生の指示に従って 七日のうち二日か三日あちらに出向き しっかり学んで参れということだ。 私もこの先執務が忙しく、 そちとの約束は守れそうもない。 この際、 私が教えるよりも 専門家に任せたほうがよいと思い、 他にも考えがあってこのようにした。 よいな。」 よくない・・・ やっぱり、あんぽんたん… 人の気も知らないで・・・ 「はい。かしこまりました。」 胡蝶は、 すっかり萎れて部屋を後にした。 女中部屋の戸口に手をかけようとした時… 中から先輩達が話す声が漏れ聞こえてきた。 「…あの子もとうとうお払い箱ね。 以外にご寵愛の期間が短かったこと・・・ほほほ・・・」 「あんな小娘、当然だわ。 所詮、お側付きの真山様のお薦めで 仕方なくお側に置いておられたのでしょ。 〇〇様の方がずっとお美しくていられるもの…。」 「私なんて、そんな・・・ おほほほ・・・」 胡蝶は、唇をかんだ。 「失礼いたします。」 「あら、胡蝶さん。 この度、新設の薬草園で御修学だそうね。 お殿様のお目に留まって、 女子の身で初めての学生に選ばれるなんて、すごいわ。 おめでとう。頑張ってね。 でも・・・ あちらもこちらもだと大変なんじゃありません? いっそ、こちらは お暇を頂けばよろしいのに…ねぇ。」 「はい・・・ ですが、お殿様のお決めになられたことでございますので。 私は、その御指示に従うだけでございます。」 先輩女中は鼻白んで 「あら・・・そう。 そろそろお役目に参りましょうか、 皆さん。 胡蝶さんは、 明日からの準備がございますでしょ。 お先に・・・」
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