芙蓉の真心

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芙蓉の真心

「殿、 お久しゅうございます。」 「息災であったか? 隠居して静かな暮らしの中 呼び出して、すまぬ。 人に聞かれてはまずい話ゆえ ここに呼んだのだ。 母者に頼みたいこともある。」 「もしや…、 芙蓉のことでございますか?」 「夫を隠居させ、 さぞ恨んでおろうな…」 「そのようなことは… なにか理由があるのだと…」 「芙蓉の事を、調べておった。 本当のことがやっと分かった故 母者にだけ、言うておく。 他言は、夫であってもならぬ。」 「かしこまりました。」 「芙蓉の父は、私を廃し、 弟を立てようと画策したのだ。 その為に、毒を盛るよう、 芙蓉に渡したのだ。 毒といっても、 すぐ死に至るような物でなく 胃腸が弱い私が 少しずつ食べることで、 腹を下すなどの症状を 起こさせ、 江戸へ出立出来ぬように 仕組んだのだ。 万が一事が発覚しても、 芙蓉の嫉妬故の所業と、 言い逃れができるように。」 「やはり… そのようなことを… お側に上げるのが、姉の茜でなく、 芙蓉なのか、 不思議に思っておりました。」 「恐らく芙蓉は、毒を渡されて、 『死ぬわけではない。 身体がお丈夫とは言えぬ若君様に 藩主としての重責は不向きなのだ。 殿は、すでに太平の世であると、 長幼の順を重んじられ、 若君様に後を継がせるおつもりだ。 しかし、 聡明で頑健な 弟君の方が相応しいのだ。 若君様は 部屋住みの身となってしまうが、 国元で、そなたと共に のんびりとお暮らしになる方が 良いとは思わぬか? 決して、粗略に扱ったり、 悪いようにはせぬ。 父を信じよ。』と そんな風に 言い含められたのであろう。 しかし、 芙蓉が躊躇っているうち 出立の日が近づき、 あの日、 別の者を使い、 干し柿に毒を盛った。 それに気づいた芙蓉が 自ら食したのだ。 そして、 企みが露見せぬよう 干し柿を全部持ち帰り 懐に入れ、 身を投げたのだ。 証拠がなくなるように。 芙蓉に 報いる術はない。 せめて、 芙蓉の縁者を 側に迎えたい。 母者の実家に連なる者で 年頃の娘は、おらぬか? 見目よりも、 芙蓉のような、 心ばえの良き娘が良い。」 「おりまする。 容貌は優れてはおりませぬが 穏やかで、心配りの出来る 娘でございます。 容貌が劣るゆえ、 少々嫁き遅れておりましたが 返って、 女の嗜み、 家事全般身についております。」 「では、 その者を、 そなたの実家の養女として 城に上げるように、頼んだぞ。」 「かしこまりました」 と言い 芙蓉の母は、帰っていった。
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