新入り

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新入り

庭の池の畔に佇みながら、 一之丞は、 今日も蓮のことを考えていた。 元気でおるだろうか… 一人きりで あのマンションの部屋に いるのだろうか… 一人では、あの家も広かろうに… ふたりで何度か行った、 あの丘にもう一度行きたい。 見晴らしが良くて、 気持ちの良い風が吹いていた… ここでは、 城の外に出ることもままならない…。 まるで籠の中の小鳥だ…。 「殿。そろそろお入りくださいませ。 風が冷たくなってきております。」 「うむ…」 しかし、一之丞は動かなかった。 しばらくして、 若い女中がやってきた。 「お殿様。 夕餉の支度ができておりまする。」 「わかった…」 「待て…。 見ない顔…じゃな。 名はなんという?」 「はい。胡蝶と申します。 一ヶ月前に城に上がり 見習いをしておりました。 本日より、 殿様付きを命じられましてございます。」 「そうか…。 いくつに相成る。」 「13でございます。」 「ふむ…。 胡蝶…。面を上げよ。」 殿は胡蝶の顔しげしげと見た。 「そなたは…、 芙蓉を存じておるか? 芙蓉の母の血縁の者か?」 「芙蓉様は、存じ上げませぬ。 私は、宇山様の伝でお城に上がった者でございます。」 「そうであったか。 夕餉の給仕はそちがせよ。 他のものは下がらせてよい。 大勢に取り囲まれていては、 落ち着かぬ。よいな。」 「はい…。かしこまりました。」 胡蝶は困惑していた。 殿のお側で独りで給仕するなんて…。 粗相をしたらどうしよう…。 困ったわ… 殿様付きになったからといって、 新入りなど、どうせ下働き お姿を見ることなどないだろうと 高をくくっていたのに… おろおろしている間に、 殿はかまわず ずんずん歩いていってしまった。 大変! 胡蝶は慌てて、 小走りで殿の後についていった。 突然に 現れた少女 すうるりと      心の隙間に 忍び込んだか 顔立ちも 似ていないのに 何故か    心許したくなる 不思議な乙女
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