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三日間の出来事
若君の側女、芙蓉が城に上がり
一年ほど経った頃…
若君一之丞様は、
流行病(はやりやまい)に罹られたらしく、
高熱を発し
病の床に伏していた。
天然痘かもしれぬと
皆おののき、
側に寄らぬようにする中で
芙蓉だけが、
我が身を省みず
必死の看病をしていた。
水や薬湯を飲ませ、
汗をぬぐい、
寝間着を着替えさせる。
特効薬のない時代、
天然痘にかかれば、
本人の体力と免疫力だけが
頼りだった。
若君様は元来胃腸が弱く
頑健とはいえなかった。
芙蓉が側に上がってからは、
胃腸を丈夫にする薬草茶などを
工夫して
飲んでいただくようにしていた。
その効果もあってか、
細かった身体も
逞しくなってきては、いた。
しかし、
予断は許されなかった。
不謹慎にも、
亡くなわれた場合のことを
語り合う者まで出始めていた。
四日目の朝、
看病に疲れた芙蓉が
少しウトウトしていると
声がした。
「芙蓉か…?」
「若君様、
お目覚めでございますか?
頭(おつむ)の痛みは、
ございませぬか?」
「うむ、大丈夫じゃ。
ずっと、そこにいてくれたのか?」
「はい…、
三日も熱でうなされておいでで…」
「心配をさせたな。
もう、大丈夫じゃ。」
「薬師を呼んで参ります。」
芙蓉が薬師を呼びに部屋を出た。
若君は、
夢に見たことを思い出していた。
まことに、不思議な夢であった…
まるで、本当のことのように、
はっきりと覚えておる…
芙蓉は、
三日間と言っておったが、
もっともっと、
長い時間が
過ぎたように思われた。
夢に違いないが、
現(うつつ)の出来事としか
思えなかった。
芙蓉に瓜二つの女子がいた。
蓮と呼ばれていた。
そして、
私と瓜二つの若者もいて、
彼は、望と呼ばれていた。
蓮と望は、
事故に遭い怪我をしたらしく、
布団ではなく
“ベット”という物に寝かされていた。
部屋に畳はなく、
固い床の上に
その“ベット”は置かれていた。
その、望と蓮がいる療養所に
なぜか、私は居た。
寝間着のまま。
周りには、見たこともない
面妖な人々がいた。
皆、おかしな格好をしていた。
話している言葉も、
聞いたことのない、
どうやら異国の言葉のようだった。
私が、茫然と立ち尽くしていると、
誰かが私の寝間着の袖を引く。
「スミマセン、ちょとこちらへ」と
部屋の隅に連れて行かれた。
その者は、平木といい、
望と蓮の知り合いだという。
そして、
「望の身代わりをしてくれないか」と
頼んできた。
蓮の怪我は
半年ほどで癒えたが、
望は眠ったままだという。
望と蓮の事情を聞き、
私は平木を信じ、
望の身代わりをすることとなった。
蓮と共に
“アメリカ”から“日本”に帰り
蓮が、身の回りの世話をしてくれ
世の中の様々なことを教えてくれた。
蓮と共に過ごした日々。
愛しいと感じた。
かの者のために、
住まいを整え、
商いをする支度を調えてやった。
周りの者は、
私を“望”と思い
私の考えを形にしてくれた。
蓮の暮らしの目途が立ったので、
私は、
望のいた“アメリカ”に
戻ることになった。
その手はずを“平木”と相談している時
急に気分わるくなり、
“トイレ”に行った。
個室に入ると目眩がして…
気を失った…
気がつくと、
芙蓉がいた。
三日三晩、
高熱でうなされていたという。
その間に
後の世に行ったのだろうか?
信じられぬが…、
そうとしか、考えられぬ…
これは、
何か意味のあることやもしれぬ。
忘れぬうちに、
“夢”で起きた出来事を
書き付けておこう
私はそう考えた。
この時は、まだ、
この後、
己が命を狙われ
芙蓉が身代わりとなり
命を落とす事になろうとは
思いもしなかった。
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