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「食べないなら口移しで食べさせるから」
何気なく口にした言葉に、弾けたように顔を上げこちらを向く。
信じられないと言った表情だ。適当に袋をあさりオレンジクリームのスフレを差し出すと、驚いたような表情のまま視線を下に向ける。
そして僅かに表情がゆがんだ。
彼は甘い物が嫌いなのだ。
「あ。ごめん。間違えた」
「それで良い。貰おう」
気を使われるのが嫌なのだろうか、少しよそよそしい。以前の彼なら遠慮なく突き返すくらいはした。生ぬるい茶で喉を潤しながら、隣で丁寧におしぼりで手を清め、スフレのパッケージを開けようとする錦を見る。彼がこういった食べ物を口にする姿を見たことが無い。ビニールを引っ張るが、フィルムは伸びるだけで破けない。
食い込んだ彼の指の形通り、フィルムに凹凸ができる。
錦の険しい仏頂面を見ながら、袋から二つ目のパンを取り出すとフルーツサンドだった。
売れ残りだから仕方がないとはいえ、これではスイーツで無理に腹を膨らませてるようなものだ。生クリームたっぷりのそれは見るだけで満腹になる。しかし精神的な満足感と満腹感からは程遠い。空腹だが食欲は完全に失せた。
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