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料亭 ①
「お待ちください」
「困ります」
料亭に乗り込んできた俺を女中が止める声がする。
「女将を出してくれ」
「これはまぁ昴様。今日はお早いおこしですね」
やけにゆっくりとした口調で女将が話す。
「長野さんと鈴木がいる部屋を教えて欲しい」
できるだけ冷静に聞く。
「長野さんですか?今日は来られてませんよ」
顔色ひとつかえず、にこやかに答える。
さすが老舗料亭の女将だ。
些細なことでは動揺しない。
ではこちらも……。
「そうですか」
踵を返して帰るそぶりを見せ女将が「またのお待ちしています」と頭を下げた時。
俺はくるりとまた踵を返し靴を脱ぐと、女将や女中の静止も振り切り廊下を進み、一番最初にあった部屋のふすまを開ける。
そこには食事を楽しむ老夫婦が。
「申し訳ありません」
形ばかり謝罪しふすまを閉めると、次の部屋のふすまを開ける。
そこにも長野さんと鈴木はいない。
「おやめください、おやめください」
女中の声が廊下に響く。
「2人の居場所がわかるまでやめないよ」
足を止めず前に進む。
「昴様、自分が何をされているのかお分かりですか?」
後から女将の声がし、俺は足を止めた。
「わかっている」
「今の昴様はどうかされています。今日のところはおかえりください」
女将がギリリと睨むが、そんなことどうでもいい。
「わかった」
俺はまた次の部屋のふすまを開ける。
ここにもいない。
鈴木、いったいどこにいる。
「女将、いったいいくら積まれたのか知らないが、この料亭も女将も随分落ちぶれたモンだな」
ふっと鼻で笑うと、能面のような笑顔を貼り付けていた女将の顔がピクリとした。
「女将だったら長野さんの噂ぐらい聞いているだろう。部屋の用意をするなんて、この料亭もその辺のいかがわしい店と変わりないな」
女将の顔が怒りで赤く染まり、右手が挙げられた時、
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