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文羽が旅立ったのは、ある麗らかな暖かい春の日だった。
桜が八分咲きになるにはまだ早く、梅の花が散り始めた頃。麻樹が文羽の家へ行くと珍しくぱっちりと目を開けていた文羽がいた。その、最近とは比べ物にならないくらい顔色が良く元気な文羽に、麻樹は違和感を覚えた。
「文羽──」
「麻樹、あたし、今気分がとてもいいの。あの夢みたいに今ならどこでも飛んでいけそう」
麻樹は携帯を取り出す。それを止めたのは文羽だった。一瞬のうちに布団から出て、目の前に現れた文羽に麻樹は驚く。
「あたしとても楽しかったわ。最期の一年はこんな感じだったけど、麻樹がいてくれたからとても楽しかった。本当は麻樹も一緒に飛んでいけたらいいんだけど、まだ、麻樹は駄目だね。早すぎる」
「……あんただって、まだ早いわよ」
麻樹の声に震えが混じり、膝から崩れる。文羽は麻樹の目尻にたまる雫を指で拭った。
「あたしはもう十分よ。確かに普通の人に比べたら格段に短いかもしれないけど、これがあたしの人生なのよ。──麻樹は、あたしが飛んでくのを止める?」
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